第1回: フォロワー数という幻想 ─ 現代のステータス競争
フォロワー1万人の壁
Instagramを開く。
フォロワー数を見る。
9,800人。
「あと200人で1万人だ」
なぜか、焦る。
あなたにも、そんな経験があるだろうか。
なぜ1万人にこだわるのだろう。
1万人になったら、何が変わるのか。
わからない。
9,800人と1万人。
実際には、ほとんど同じだ。
でも、脳は「1万人」という数字に意味を見出す。
これが、フォロワー数という幻想なのかもしれない。
インフルエンサーの世界
「フォロワー10万人です」
この言葉を聞いた瞬間、何を思うだろう。
「すごい人だ」
「影響力がある」
「成功している」
そう感じてしまう。
でも、考えてみてほしい。
フォロワー10万人 = すごい人だろうか。
フォロワーの中には、bot(自動アカウント)もいる。
買ったフォロワーもいる。
実際に投稿を見ている人は、1万人程度だったりする。
でも、「10万人」という数字が、脳に「すごい」という予測を作る。
数字が、現実を作っている。
可視化されたステータス
昔、人の価値は「見えにくかった」。
どれだけ頭が良いか。
どれだけ人望があるか。
どれだけ信頼されているか。
これらは、数値化できなかった。
でも、SNSは違う。
すべてが数値化されている。
フォロワー数。
いいね数。
リツイート数。
コメント数。
すべてが「見える」。
だから、比較できる。
これが、現代のステータスだ。
承認欲求の暴走
人間は、承認されたい生き物だ。
「認められたい」
「価値があると思われたい」
これは本能だ。
昔は、承認は「対面」で得られた。
友達に褒められる。
上司に評価される。
家族に認められる。
でも、SNSは承認を「数値化」した。
いいね = 承認の証明
フォロワー数 = 影響力の証明
数字が増えると、承認された気分になる。
だから、もっと増やそうとする。
投稿頻度を上げる。
写真を加工する。
キャプションを工夫する。
すべて、「いいね」を増やすため。
承認欲求が、暴走している。
比較の心理学
SNSを開く。
友達の投稿が並ぶ。
「Aさん、フォロワー3万人」
「Bさん、フォロワー5万人」
自分は1万人。
劣等感が生まれる。
人間は、比較する生き物だ。
心理学者レオン・フェスティンガーの「社会的比較理論」がある。
人は、自分を評価するために、他者と比較する。
これは自然なことだ。
でも、SNSは何が違うのだろう。
比較が「容易」になった。
昔は、比較の対象は「近所の人」「同級生」だった。
でも、SNSは?
世界中の人と比較できる。
そして、フォロワー数という「明確な数字」で比較できる。
だから、劣等感が増幅する。
フォロワー数 = 自己価値?
フォロワーが増えると、嬉しい。
フォロワーが減ると、悲しい。
なぜだろう。
フォロワー数 = 自己価値だと感じているからだ。
でも、考えてみてほしい。
フォロワー数は、あなたの価値だろうか。
フォロワーの中には、あなたの投稿を見ていない人もいる。
フォロワーの中には、間違ってフォローした人もいる。
フォロワーの中には、botもいる。
フォロワー数は、虚構だ。
でも、脳は「フォロワー数 = 価値」と学習している。
だから、フォロワー数を追い求めてしまう。
インフルエンサー経済
ここで、重要なことがある。
フォロワー数は、お金になる。
ある20代の女性インフルエンサーの話を聞いた。
フォロワー5万人。
月収は100万円を超える。
企業から案件が来る。
「この商品を紹介してください。報酬は10万円」
1投稿10万円。月に10件で100万円。
彼女は言った。
「フォロワーが減ると、夜眠れなくなる」
フォロワー数 = 収入 = 生活だ。
だから、数字に追われる。
影響力が、商品になった。
これが、インフルエンサー経済だ。
だから、フォロワー数を増やそうとする。
フォロワー数 = 収入
これが、現代の資本主義の一つの形なのかもしれない。
「映える」ための人生
旅行に行く。
景色を見る。
でも、最初に考えるのは?
「どこで写真を撮ろう」
「どのアングルがいいかな」
「映えるか」が基準になった。
食事をする。
美味しそうな料理が来る。
でも、最初にすることは?
写真を撮る。
投稿する。
いいねを待つ。
食事の目的が、「映える写真」になった。
体験そのものではなく、投稿のために生きている。
本末転倒だ。
フォロワー数がゼロのとき
想像してみてほしい。
明日、SNSがすべて消える。
フォロワー数もゼロになる。
いいねもゼロになる。
あなたの価値は、どうなるだろう。
変わらない。
あなたの知識、経験、人間性。
これらは、フォロワー数に関係ない。
でも、多くの人は不安になる。
「フォロワーがいない自分に、価値はあるのか?」
これが、錯覚だ。
フォロワー数は、あなたの価値ではない。
「本物」と「偽物」
インフルエンサーを見る。
フォロワー10万人。
毎日、キラキラした投稿。
「完璧な人生だ」
でも、考えてみてほしい。
その人の「裏側」を知っているだろうか。
撮影に何時間もかけている。
加工アプリで修正している。
投稿していない「普通の時間」がある。
SNSは、「ハイライト」だ。
「本物」ではなく、「見せたいもの」を投稿している。
でも、脳は「これが現実」と予測してしまう。
だから、劣等感が生まれる。
現代のステータス競争
フォロワー数で競う。
いいね数で競う。
影響力で競う。
これが、現代のステータス競争だ。
でも、考えてみてほしい。
昔の人は、何で競っていたのだろうか。
お金?
学歴?
肩書?
それとも、もっと別のものだろうか。
これは、現代だけの現象なのだろうか。
次回、近代に遡ってみたい。
資本と学歴の時代を見ていく。
明日へ
フォロワー数で競う現代人。
でも、昔の人も競っていた。
近代は、お金と学歴で。
「年収いくら?」
「どこの大学?」
形は違う。でも、本質は同じなのかもしれない。
次回は、資本と学歴の時代を見ていく。
ここまでの気づき
- フォロワー数は可視化されたステータス。すべてが数値化されているから、比較しやすい
- 承認欲求が数値化され、数を追い求めてしまう
- 影響力が商品になった。フォロワー数 = 収入という構造
フォロワー数という幻想。あなたは気づいているだろうか。