#35分

正しさが国を壊した日

正しさで殴る人たち正義考え方SNS炎上エッセイニーチェルサンチマン哲学

正しさが国を壊した日

1794年、パリ。

ある男がギロチンにかけられた。


彼は革命の英雄だった。

清廉潔白で、賄賂を受け取らず、質素な生活を貫いた。

「清廉の士」と呼ばれていた。


その男の名は、マクシミリアン・ロベスピエール。

フランス革命を率い、恐怖政治を敷き、最後は自分がギロチンで処刑された。


清廉な男の暴走

ロベスピエールは、本当に清廉だった。

これは皮肉ではない。事実だ。


政治家なのに賄賂を受け取らなかった。

贅沢をしなかった。

私利私欲で動かなかった。

だから民衆は彼を信頼した。


彼がフランス革命で目指したのは、「徳のある共和国」だった。

腐敗した王政を倒し、平等で正しい社会を作ること。

動機は、純粋だった。


でも、彼は演説でこう言った。

「徳なき恐怖は残虐であり、恐怖なき徳は無力だ」

1794年2月5日。


これは、こういう意味だ。

「正しさを実現するためには、恐怖が必要だ」


正しいことのために、人を殺す。

正義のために、恐怖を使う。

ロベスピエールは本気でそう信じていた。


恐怖政治が始まった。

反革命の疑いがあるというだけで、ギロチンにかけられた。

裁判はほとんど形だけだった。

約1万6千人が処刑されたと言われている。


そして1794年7月、ロベスピエール自身がギロチンにかけられた。

パリ市民は歓声をあげた。


清廉な男が、恐怖の象徴になった。

正しさを追い求めた人が、正しさによって倒された。


なぜ暴走したのか

ロベスピエールの悲劇は「悪人が暴走した」話ではない。

「善人が暴走した」話だ。


彼は本当に世の中をよくしたかった。

民衆のために戦った。

清廉に生きた。


でも、一つだけ欠けていたものがある。

「自分が間違っているかもしれない」という疑い。


正しいと信じた瞬間、自己批判が止まる。

「私は正しい。だから反対する者は悪だ」

この論理が成立してしまうと、もう止まれない。


反対する者を排除する。

疑問を呈する者も排除する。

「正しさ」に異を唱えること自体が、罪になる。


これが恐怖政治の構造だ。

悪意から始まったのではない。

正義から始まった。


もう一つの正義の暴走

フランスから170年後。

今度は中国で、同じことが起きた。


1966年、文化大革命が始まった。

毛沢東が呼びかけた「革命的正義」に応えて、10代の若者たちが立ち上がった。

「紅衛兵」と呼ばれた。


彼らは「革命の敵」を糾弾した。

教師を。 知識人を。 自分の親を。


「批判集会」が各地で開かれた。

壇上に立たされた人は、罵倒され、暴行され、自己批判を強いられた。

中には、命を落とした人もいた。


紅衛兵の多くは、真剣だった。

「正しいことをしている」と信じていた。

革命のため。 人民のため。 よりよい社会のため。


文化大革命の10年間で、数百万人が命を落としたとされている。


終わった後、多くの元紅衛兵はこう振り返った。

「あのときは、正しいと思っていた」


共通する構造

フランス革命と文化大革命。

時代も場所も違う。

でも、構造は同じだ。


始まりは「世の中をよくしたい」だった。

動機は純粋だった。


でも、「自分たちは正しい」という確信が、すべてを変えた。

正義が、自己批判を免除する装置になった。

「正しい」のだから、何をしても許される。

「正しい」のだから、反対する者は排除していい。


これは、遠い歴史の話だろうか。


SNSで誰かが炎上している。

何千人が同じ方向に怒っている。

「あいつが悪い」「許せない」「社会的に制裁を受けるべきだ」


規模は違う。

手段も違う。


でも、構造は同じだ。

「自分たちは正しい」。

その確信が、自己批判を止めている。


ここまでの気づき

  • ロベスピエールは清廉だったからこそ暴走した。正しさが自己批判を免除する
  • 文化大革命の参加者は「正しいことをしている」と信じていた。正義が暴力を聖なるものに変えた
  • 歴史上の悲劇は「悪人」が起こしたのではない。「正義の人」が起こした

明日へ

悪人が悲劇を起こすなら、話は簡単だ。

悪人を捕まえればいい。


でも、「普通の善人」が悲劇を起こしたとしたら。

話は、もっと複雑になる。

1961年、エルサレムで開かれた一つの裁判が、その答えを突きつけた。

明日は、その話をしてみたい。