JCペニーが「値下げ」で死んだ話
「安くすれば売れる」は嘘だ
ビジネスを始めたばかりの人ほど、この罠にはまる。
「安くすれば、もっと売れるはず」
「価格で勝負すれば、競合に勝てるはず」
しかし、過去20年のマーケティング史を振り返ると、値下げによって死んだブランドの数は、値上げによって死んだブランドより圧倒的に多い。
その象徴的な事例が、2012年のJCペニーだ。
アップル元幹部の「正攻法」が招いた壊滅
2011年、米百貨店JCペニーは、AppleのリテールトップだったRon Johnsonを新CEOに迎えた。
Johnsonは、Appleストアを成功させた立役者だ。誰もが「JCペニー復活劇」を期待した。
Johnsonが打ち出した戦略は、シンプルだった。
「Fair & Square Pricing(公正で四角四面の価格)」
それまでJCペニーが多用していた「定価から大幅値引き」をやめ、最初から低い「公正価格」を提示するという戦略だった。
理屈は通っていた。
「値引きで釣るのではなく、最初から納得できる価格にすれば、顧客は信頼してくれるはず」
しかし、結果は壊滅的だった。
| 指標 | 戦略実施前 | 1年後 |
|---|---|---|
| 年間売上 | 約170億ドル | 約128億ドル(−25%) |
| 既存店売上 | 基準 | −31.7% |
| 株価 | $42 | $19以下 |
| CEO在任期間 | — | 17ヶ月で解任 |
1年で売上が4分の1消えた。
なぜか。
顧客は「値引き」を買っていた
Johnsonが気づいていなかったこと。
JCペニーの顧客は、「商品」を買っていたのではなく、**「値引きされた商品を買う体験」**を買っていた。
「定価100ドルが、今だけ49ドル!」
この「お得感」こそが、顧客にとっての価値だった。
最初から49ドルで売られると、同じ価格でも「お得感」が消える。
顧客は「これは特別な買い物だ」と感じられなくなった。
結果、店から客足が遠のいた。
人は「価格」だけでなく、「値引きされた感覚」を買っている。
Gapも同じ罠にはまった
JCペニーだけではない。
2010年、Gapはロゴを変更し、ブランドの再構築を試みた。「シンプルで現代的なイメージ」を打ち出した。
結果、顧客から猛反発を受けた。
新ロゴはわずか6日で撤回された。
「変わらないでくれ」という顧客の声が、変革を止めた。
ブランドは、顧客が「変わってほしくない約束事」の集合体だ。
価格や見た目を「合理的に」変えると、その約束を破ったと受け取られる。
シアーズの長い死
百貨店の老舗シアーズは、もっとゆっくり死んだ。
1990年代から「常時低価格」を試みた。
しかし、低価格に振ったことでブランドイメージが崩壊した。
「シアーズで買う=安物を買う」という認識が広がった。
中高所得層が離れ、低所得層だけが残った。
利益率は下がり続けた。
2018年、シアーズは経営破綻した。
値下げは、何を奪うか
3つの事例に共通するのは、値下げが奪ったものだ。
| 奪われたもの | 影響 |
|---|---|
| ブランド体験 | 「特別な買い物」の感覚が消えた |
| 顧客の自尊心 | 「いい買い物をした」という満足感がなくなった |
| 価格の信頼性 | 「いつ値引きが来るか」と顧客が待つようになる |
| 利益率 | 値下げ依存で経営が圧迫される |
値下げは、短期売上を上げる代わりに、長期のブランド価値を破壊する。
「公正価格」という美しい嘘
Johnsonの「公正価格戦略」は、論理的には正しかった。
「値引きで釣るのは、顧客を欺くようなものだ」
「最初から本当の価格を提示すべきだ」
倫理的には立派な姿勢だ。
しかし、マーケティングは倫理ではない。人間の心理に従う技術だ。
人は「お得」を求める。
人は「特別」を求める。
人は「賢く買えた」と感じたい。
値下げ戦略は、これらの心理を利用していた。
公正価格戦略は、その心理から目を背けた。
だから、失敗した。
終わりに
値下げは、ブランドを殺す。
JCペニーは1年で消えかけた。Gapは6日で変革を撤回した。シアーズは20年かけて死んだ。
では、値上げはどうか。
次回は、人が「価格」を見て「価値」を判断するメカニズムを、実験データから検証する。