「逃げるな」は、誰が決めた
「石の上にも三年」。
言われたことはないだろうか。
会社がつらい。
人間関係がきつい。
朝、起き上がれない日がある。
でも、「逃げるな」と言われる。
「ここで辞めたら、どこに行っても同じだよ」
その言葉は、本当だろうか。
逃げるなの圧力
日本には「逃げるな」の文化がある。
部活で足を引きずっている子に、「根性を見せろ」。
仕事で潰れかけている人に、「もう少し頑張れ」。
学校が合わない子に、「みんな我慢してるんだ」。
逃げることは、恥だ。
逃げることは、弱さだ。
逃げることは、負けだ。
そう教わってきた。
その結果、何が起きているだろう。
過労死。
ブラック企業。
我慢の限界で心が壊れる人たち。
「逃げるな」の文化は、人を強くしているのだろうか。
それとも、壊しているのだろうか。
ハンガリーのことわざ
2016年、日本であるドラマが大ヒットした。
タイトルは『逃げるは恥だが役に立つ』。
このタイトル、ハンガリーの古いことわざだ。
原語は「Szégyen a futás, de hasznos」。
「逃げるのは恥だが、役に立つ」。
面白い構造だ。
「恥」を否定していない。
逃げることは、確かに恥かもしれない。
でも、「役に立つ」。
ハンガリーは、歴史上何度も大国に侵略された国だ。
モンゴル帝国に、オスマン帝国に、ハプスブルク家に。
そのたびに、逃げた。
逃げて、生き延びた。
生き延びたから、今も国がある。
このことわざが日本で大ヒットしたのは、偶然ではないだろう。
「逃げたい」と思っている人が、それだけ多かったのではないか。
動物はどうしているか
少し、視点を変えてみたい。
自然界で、動物はどうしているだろうか。
ライオンに襲われたガゼルは、逃げる。
鷹に見つかったウサギは、逃げる。
天敵が現れたら、全力で逃げる。
恥だろうか。
弱さだろうか。
逃げることは、動物にとって最も基本的な生存戦略だ。
「闘って死ぬ」より「逃げて生きる」方が、はるかに合理的だ。
実は、人間の体もそうできている。
危険を感じたとき、体はまず「逃げろ」と命じる。
心拍数が上がり、筋肉に血が集まり、走る準備をする。
「闘うか逃げるか」反応(ファイト・オア・フライト)と呼ばれるものだ。
注目してほしい。
「逃げる」が、「闘う」と同列に並んでいる。
体は「逃げるな」とは言っていない。
「逃げることも選択肢だ」と言っている。
逃走は、恥でも弱さでもない。
生き延びるために、体が用意した戦略だ。
誰が「逃げるな」と言っているのか
ここで、考えてみたいことがある。
「逃げるな」と言う人は、誰だろう。
上司。
親。
先輩。
世間。
その人たちは、あなたと同じ場所にいるだろうか。
「逃げるな」と言う上司は、パワハラを受けていない。
「もう少し頑張れ」と言う親は、その学校に通っていない。
「根性が足りない」と言う先輩は、今のあなたの状況を知らない。
「逃げるな」と言う人は、たいてい逃げなくていい場所にいる。
これは皮肉な話ではない。
構造の話だ。
安全な場所から「逃げるな」と言うことは、簡単だ。
でも、その言葉を受け取る側の痛みは、言った側には見えない。
ここまでの気づき
- 「逃げるな」は日本社会の強い規範だが、その帰結は過労死やブラック企業かもしれない
- ハンガリーのことわざが日本で響いたのは、「逃げたい」と思っている人がそれだけ多いから
- 人間の体は「逃げるな」とは言っていない。逃走は「闘う」と同列の、最も基本的な生存戦略
明日へ
「逃げるな」と言われる。
でも、歴史を振り返ると、面白いことが分かる。
逃げた人が、勝っている。
5人で逃げ帰った男が、260年の平和を築いた話。
明日は、その話をしてみたい。