あなたは何から逃げるべきか
ここまで読んで、何を感じただろうか。
「逃げていいんだ」。
そう思っただろうか。
でも、少し立ち止まりたい。
「逃げていい」の落とし穴
「逃げていい」は、正しい。
この連載で見てきた通りだ。
家康も、クセノフォンも、エピクロスも、荘子も。
逃げた人が生き延び、勝ち、自由を得た。
でも、「逃げていい」も、使い方を間違えると危険な言葉になる。
前のシリーズで書いた「正しさの暴力」と同じ構造だ。
「逃げていい」が正論になった瞬間、なんでも「逃げ」で解決しようとしてしまう。
面倒なことがあれば、逃げる。
うまくいかなければ、逃げる。
ちょっと辛いだけで、逃げる。
それは「逃げる知恵」ではなく、「逃げるクセ」だ。
大事なのは、「逃げるかどうか」ではない。
「何から逃げて、何に向かうか」だ。
武蔵の「四手を放す」
宮本武蔵。
日本史上最強の剣士と言われた男だ。
武蔵は『五輪書』の中で、「四手を放す」という教えを残している。
敵と斬り合って、膠着する。
互いに力が拮抗して、動けない。
そのとき、武蔵は言う。
「その構えを捨てて、別の手段で勝て」
これは「逃げろ」ではない。
「同じやり方にしがみつくな」だ。
膠着しているとき、同じ力で押し続けても、何も変わらない。
構えを変える。やり方を変える。別の角度から攻める。
「逃げる」とは、やり方を変えることなのかもしれない。
武蔵自身がそれを体現している。
60余回の決闘を経て、晩年の武蔵は剣を捨てた。
熊本の霊巌洞(れいがんどう)という洞窟にこもり、『五輪書』を書いた。
最強の剣士が選んだ最後の道は、洞窟で哲学を書くことだった。
これは「逃げ」だろうか。
それとも「向かった」のだろうか。
エピクロスの答え
エピクロスの話を思い出してほしい。
エピクロスはアテネの政治と名声の競争から逃げた。
でも、逃げた先で「庭園」を作った。
友人と語り合い、女性も奴隷も対等に迎えた。
エピクロスは「何かから逃げた」のではない。
「何かに向かった」のだ。
逃げることと向かうことは、外から見ると同じ行動だ。
今いる場所を離れる。別の場所に行く。
違うのは、方向だ。
「ここが嫌だから出る」のか。
「あそこに行きたいから出る」のか。
同じ一歩でも、意味が変わる。
セネカの皮肉
ここで、一つ苦い話をしたい。
セネカ。
「少しずつ後退せよ」と書いた哲学者。
「奴隷状態にしがみつくな」と書いた人。
この人は、自分では逃げられなかった。
セネカは暴君ネロの家庭教師であり、側近だった。
ネロの暴走を間近で見ていた。
何度も引退を願い出たが、許されなかった。
そして西暦65年、ネロから自死を命じられた。
セネカは従った。
退却の哲学を最も雄弁に語った人が、退却できなかった。
皮肉な話だ。
でも、だからこそ説得力がある。
逃げることの難しさを、セネカは身をもって知っていた。
だから「急いで退却せよ」と書いた。
あの手紙は、友人への助言であると同時に、自分自身への手紙だったのかもしれない。
答えは出ない
正直に言えば、「いつ逃げるべきか」の明確な答えは出ない。
逃げるべきときもある。
踏みとどまるべきときもある。
その判断は、本人にしかできない。
でも、一つだけ言えることがある。
「逃げるな」に縛られて、自分を壊す必要はない。
家康は逃げて天下を取った。
クセノフォンの退却は進軍より有名になった。
荘子は泥の中で尾を引きずることを選び、自由を手に入れた。
彼らは弱かったから逃げたのではない。
賢かったから、逃げた。
ここまでの気づき
- 「逃げていい」も使い方を間違えれば危険。大事なのは「何から逃げて、何に向かうか」
- 武蔵の「四手を放す」は「同じやり方にしがみつくな」。逃げるとは、やり方を変えること
- セネカは退却の哲学を書いたが、自分は退却できなかった。だからこそ、あの言葉には重みがある
連載を終えて
5回にわたって「逃げる」ことを考えてきた。
家康は逃げて天下を取った。
クセノフォンの退却は進軍より有名になった。
エピクロスは社会から逃げて、庭で友と語った。
荘子は「役に立たない」ことで生き延びた。
「逃げるな」と言う声は、きっとこれからも聞こえる。
社会から。周りから。自分の脳から。
でも、次にその声が聞こえたとき。
こう問い返してみてほしい。
「逃げた先には、何がある?」
もし、そこに何かが見えるなら。
それは「逃げ」ではなく、「向かう」ことかもしれない。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
あなたは今、何から逃げるべきですか。