#56分

あなたの運は、あなたが決めている

運がいい人の正体哲学考え方生き方気づきエッセイ歴史

あなたの運は、あなたが決めている

ここまで読んで、何を感じただろうか。


「運は自分で作れるのか」。

そう思っただろうか。


正直に言えば、分からない。


でも、4日間で見てきたことを、もう一度振り返りたい。


4日間で見てきたこと

ワイズマンの新聞実験。

「運がいい人」は広告に気づいた。「運が悪い人」は写真を数え続けた。

運がいい人は、偶然を拾える状態にいた。


フレミングのペニシリン。

「偶然」と呼ばれる発見は、6年間同じ観察を続けていた人にだけ見えた。

偶然は、準備した人にしか来なかった。


ウォルドの爆撃機。

帰ってきた飛行機だけを見て判断していた。帰ってこなかった飛行機は、見えなかった。

「運がいい人」が目立つのは、「運が悪かった人」が見えないだけだった。


塞翁が馬。

馬が逃げた。不幸だ。名馬を連れて帰った。幸運だ。息子が落馬した。不幸だ。徴兵を免れた。幸運だ。

禍福は糾える縄の如し。分けられない。


「運がいい」を再定義する

前のシリーズ「逃げるの哲学」で、「逃げる」を「向かう」と再定義した。


逃げることは、弱さではなかった。

やり方を変えることだった。

向かう先があるなら、それは「逃げ」ではなく「前進」だった。


「運がいい」も、再定義できるかもしれない。


運がいい人とは。

偶然に気づける状態にいて。

それを拾える準備があって。

不運が来ても、別のフレームで見ることができる人。


特別な能力ではない。

超自然的な力でもない。


気づけるかどうか。

拾えるかどうか。

見方を変えられるかどうか。


でも、ここで立ち止まりたい

「運は自分で作れる」。


この言葉は、正しいかもしれない。

ワイズマンの研究も、フレミングの話も、それを裏付けている。


でも、少し危険な言葉でもある。


前々回のシリーズ「正しさで殴る人たち」で書いたことを思い出してほしい。

正しいことが、武器になることがある。

正論が、人を殴ることがある。


「運は自分で作れる」も、使い方を間違えると同じ構造になる。


「運が悪いのは、自分のせいだ」

「偶然に気づけないのは、リラックスが足りないからだ」

「準備していないから、幸運が来ないんだ」


これは、正論かもしれない。

でも、正論で殴っている。


忙しすぎて偶然を拾えない人は、好きで忙しいわけではない。

準備する余裕がない人もいる。

リラックスしたくても、できない状況にいる人もいる。


「運は自分で作れる」は、余裕がある人が言える言葉だ。

余裕がない人にとっては、もう一つの重荷になりかねない。


荘子の木

ここで、前のシリーズから引き継いだ話をしたい。


「逃げるの哲学」で、荘子の「役に立たない木」の話をした。


大工が森で巨大な木を見つけた。

でも、木材としては役に立たない。木目が曲がっていて、使い物にならない。

大工は素通りした。


その夜、木が夢に出てきた。

「役に立たないからこそ、ここまで大きく生きられた」と。


役に立つ木は、切られた。

実のなる木は、枝を折られた。


あの木は、何もしなかった。

計画を立てなかった。

準備もしなかった。

偶然を拾おうともしなかった。


ただ、そこにいた。


でも、生き延びた。


「運を作る」ことも大事かもしれない。

でも、「何もしないこと」が運を呼ぶこともあるのかもしれない。


ワイズマンの研究に戻ってみよう。

運がいい人の最大の特徴は何だったか。


「リラックスしていること」だった。


力を入れて偶然を探すのではなく。

必死に準備するのでもなく。

肩の力を抜いて、周りを見ている。


荘子の木は、まさにそうだった。

何もせず、ただそこにいた。

力が抜けていた。


だから、切られなかった。

だから、生き延びた。


ここまでの気づき

  • 「運がいい」は「偶然に気づける状態」のことかもしれない。特別な能力ではなく、気づけるかどうかの違い
  • 「運は自分で作れる」も正論として人を殴ることがある。余裕がない人に「リラックスしろ」とは言えない
  • 荘子の木は何もしなかった。でも生き延びた。「何もしない」が運を呼ぶこともあるかもしれない

連載を終えて

5回にわたって「運」の正体を考えてきた。


ワイズマンの新聞実験。

フレミングの「汚いシャーレ」。

ウォルドの「帰ってこなかった飛行機」。

塞翁の「分からんよ」。


「運がいい人」と「運が悪い人」の違いは、思ったより小さいのかもしれない。


でも、一つだけ確かなことがある。


「自分は運が悪い」と思った瞬間、新聞の広告は見えなくなる。


逆に言えば。

「見落としているものがあるかもしれない」と思うだけで、少しだけ視野が広がる。


それが「運がいい」の始まりなのかもしれない。


ここまで読んでくださって、ありがとうございました。

あなたは今日、何を見落としていますか。