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禍福は糾える縄の如し

運がいい人の正体哲学考え方生き方気づきエッセイ歴史

禍福は糾える縄の如し

中国に、古い話がある。


北方の砦のそばに、一人の老人が住んでいた。

ある日、老人の馬が逃げた。


村人たちが「お気の毒に」と声をかけた。

老人は言った。

「これが不幸かどうか、分からんよ」


数日後、逃げた馬が戻ってきた。

野生の名馬を連れて。


村人たちが「なんという幸運!」と喜んだ。

老人は言った。

「これが幸運かどうか、分からんよ」


老人の息子が、その名馬に乗った。

落馬して、足の骨を折った。


村人たちが「お気の毒に」と嘆いた。

老人は言った。

「これが不幸かどうか、分からんよ」


やがて、戦争が始まった。

村の若者たちが次々と徴兵された。

多くが帰ってこなかった。


老人の息子は、足が悪いために徴兵されなかった。

命が助かった。


塞翁が馬

この話は「塞翁が馬(さいおうがうま)」として知られている。

出典は『淮南子(えなんじ)』人間訓篇。

紀元前2世紀の中国の書物だ。


馬が逃げた。不幸だ。

名馬を連れて帰った。幸運だ。

息子が落馬した。不幸だ。

徴兵を免れた。幸運だ。


幸と不幸が、交互に来ている。

しかも、前の不幸が、次の幸運の原因になっている。


老人は、それを知っていたわけではない。

ただ、「分からんよ」と言い続けた。


この「分からんよ」が、もしかすると最も賢い態度なのかもしれない。


糾える縄

「禍福は糾える縄の如し」。

この言葉の出典は、『史記』南越列伝の賛だ。

紀元前1世紀、司馬遷が書いた。


「禍福は糾える縄の如し」。

禍(わざわい)と福(さいわい)は、縄のように撚り合わさっている。


縄を見てみてほしい。


縄は、2本以上の紐を撚り合わせて作る。

右に巻く紐と、左に巻く紐。

交互に絡み合って、1本の縄になる。


禍と福も、そうだ。

どこが禍でどこが福か、分けることはできない。

分けた瞬間に、縄はほどけてしまう。


「今の不幸」が「未来の幸」の一部かもしれない。

「今の幸運」が「未来の不幸」の種かもしれない。


分からない。

分けられない。


だから塞翁は「分からんよ」と言った。


壊れて強くなるもの

現代の思想家に、ナシーム・ニコラス・タレブという人がいる。

元ウォール街のトレーダーで、『ブラック・スワン』という本で有名になった。


タレブは「反脆弱性(アンチフラジャイル)」という概念を提唱した。


「脆い」の反対は何か。

普通は「強い」「頑丈だ」と答えるだろう。


タレブは違うと言った。

「脆い」の反対は「衝撃で強くなるもの」だと。


グラスは落とすと割れる。脆い。

鉄は落としても変わらない。頑丈だ。


でも、筋肉はどうだろう。


筋肉は、負荷をかけると繊維が壊れる。

でも、壊れた繊維は修復されるとき、より強くなる。


骨もそうだ。

適度な衝撃を受けた骨は、密度が上がる。


免疫もそうだ。

病気にさらされることで、抗体ができて強くなる。


つまり、「壊れることで強くなるもの」がある。


「運が悪い出来事」が、人を強くすることがある。

失敗が、次の成功の土壌になることがある。


塞翁の馬が逃げたとき、それは「不幸」に見えた。

でも、その不幸がなければ、名馬は来なかった。


壊れたからこそ、より強い何かが生まれることがある。


鳴くまで待とう

ここで、日本の話をしたい。


有名な句がある。


「鳴かぬなら殺してしまえホトトギス」

「鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギス」

「鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス」


それぞれ、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の性格を表した句として知られている。


ただし、一つ注意がある。

これらの句は、三英傑本人が詠んだものではない。

江戸時代後期(1780年代〜1840年代)に、後世の人が三人の性格を表すために作ったものだ。


それでも、面白いことがある。


「殺してしまえ」の信長は、本能寺で倒れた。

「鳴かせてみせよう」の秀吉は、晩年に判断を誤り、豊臣家は滅んだ。

「鳴くまで待とう」の家康は、天下を取った。


前のシリーズ「逃げるの哲学」でも触れたが、家康は若い頃に三方ヶ原で大敗して逃げ帰った男だ。


不運を耐えた。

逃げた。

待った。


そして、最後に天下を取った。


「待てる」ということは、一つの能力なのかもしれない。

「運が来るまで待てる」ということは、塞翁の「分からんよ」と同じ態度なのかもしれない。


ここまでの気づき

  • 塞翁が馬:幸と不幸は表裏一体で交互に来る。「今の不幸」が「未来の幸」の一部かもしれない
  • タレブの反脆弱性:「壊れることで強くなるもの」がある。不運が人を強くすることがある
  • ホトトギスの句は後世の創作だが、「待てる人」が天下を取ったという事実は変わらない

明日へ

運がいい人は偶然を拾える。

幸運は準備した人に来る。

「運が悪い」は認知の偏りかもしれない。

幸と不幸は糾える縄のように繋がっている。


じゃあ、どうすればいいのか。

明日は最終回。

答えは出ないかもしれない。

でも、一つだけ残したい問いがある。