#36分

「運が悪い」は、本当か

運がいい人の正体哲学考え方生き方気づきエッセイ歴史

「運が悪い」は、本当か

成功した起業家の話を聞くと、こう思うことはないだろうか。

「あの人は、運がよかっただけだ」


テレビに出ている社長が語る。

「あのとき、たまたまあの人と出会って」

「偶然、あの技術を知って」


聞いている側は思う。

「運がよかったんだな」と。


でも、それは本当だろうか。


第二次世界大戦中、ある数学者が「運」について、面白いことを発見した。


帰ってこなかった飛行機

第二次世界大戦中のことだ。

アメリカ軍は、爆撃機の損失に頭を悩ませていた。


作戦に出た爆撃機の多くが、撃墜されて帰ってこない。

なんとか生存率を上げたい。


軍は、帰還した爆撃機を調べた。

どこに弾痕が集中しているかを記録した。


胴体や翼に弾痕が多かった。

「ここを装甲で強化しよう」。

当然の結論に見える。


ハンガリー出身の統計学者、エイブラハム・ウォルドは、逆のことを言った。


「弾痕がない場所を強化せよ」


軍の担当者は困惑した。

弾が当たっていない場所を、なぜ強化するのか。


ウォルドの答えは、こうだった。


「帰ってきた飛行機は、そこを撃たれても帰ってこれた飛行機だ」

「弾痕がない場所、つまりエンジンやコックピットを撃たれた飛行機は、帰ってこなかった」


帰ってきたものだけを見ていた。

帰ってこなかったものは、見えなかった。


これが「生存者バイアス」だ。

生き残ったものだけを見て、全体を判断してしまう誤り。


成功者の「運」も同じ構造

成功した起業家が語る「偶然の出会い」。

たまたま出会ったパートナー。

たまたま見つけた市場。


でも、同じ偶然に出会って失敗した人は、テレビに出ない。

本を書かない。

インタビューされない。


見えないのだ。


「運がいい人」が目立つのは、「運が悪かった人」が見えないからだ。


成功者の話だけを聞いて「運が全てだ」と思うのは、帰還した爆撃機の弾痕だけを見て「ここを強化しよう」と言うのと同じ構造だ。


見えているものだけで、判断している。


「運が悪い」の認知バイアス

もう一つ、面白い話がある。


「自分は運が悪い」と思っている人は、ある特徴がある。


不運な出来事を、よく覚えている。


電車が遅れた日は覚えている。

定時に来た何百回は、覚えていない。


信号に引っかかった日は覚えている。

青だった何百回は、覚えていない。


財布を落とした日は覚えている。

落とさなかった何千日は、覚えていない。


人間の脳は、ネガティブな出来事をよく記憶する。

ポジティブな出来事は、当たり前として流れていく。


だから、「運が悪い」と思っている人の記憶には、不運なことばかりが並んでいる。


本当に不運が多いのではない。

不運だけを記憶しているのだ。


ワイズマンのもう一つの発見

昨日紹介したリチャード・ワイズマンの研究には、もう一つ面白い発見がある。


ワイズマンは、「運がいい人」と「運が悪い人」に、同じ状況を想像してもらった。


「銀行で強盗に遭い、腕を撃たれた」


「運が悪い」と思っている人は、こう言った。

「なんて不運なんだ。銀行に行かなければよかった」


「運がいい」と思っている人は、こう言った。

「腕で済んでよかった。頭に当たっていたら死んでいた」


同じ出来事だ。

銀行で撃たれた。腕に当たった。


事実は同じなのに、解釈が違う。


「運が悪い人」は、良いことが起きても「もっと良くなり得た」と考える。

「運がいい人」は、悪いことが起きても「もっと悪くなり得た」と考える。


起きている出来事は、ほとんど同じかもしれない。

違うのは、それをどう見るか、だ。


見えているものが、違う

ここで、少し立ち止まりたい。


生存者バイアスは、「見えないものを無視する」誤りだった。

認知バイアスは、「不運だけを記憶する」偏りだった。

ワイズマンの発見は、「同じ出来事を違うフレームで見ている」ということだった。


つまり、「運がいい」「運が悪い」は、起きている出来事の話ではないのかもしれない。

見えているものの話なのかもしれない。


帰ってきた飛行機だけを見ていた軍のように。

不運な日だけを覚えている脳のように。


「運が悪い」は、本当に運が悪いのだろうか。

それとも、見え方の問題なのだろうか。


ここまでの気づき

  • 生存者バイアス:成功者の「幸運」が目立つのは、失敗者が見えないから。帰ってこなかった飛行機は見えない
  • 「運が悪い」は認知の偏りかもしれない。不運は覚えやすく、幸運は忘れやすい
  • 「運がいい人」と「運が悪い人」の違いは、同じ出来事をどう解釈するかにある

明日へ

運がいい人は偶然を拾える。

幸運は準備した人に来る。

「運が悪い」は認知の偏りかもしれない。

でも、もう一つ、面白い視点がある。

中国の古い言葉に、こんなものがある。

「禍福は糾える縄の如し」

明日は、その話をしてみたい。