叩かれたものだけが、残る
このシリーズも、最後になった。
「最初の一行はこわい」という話から、始めた。
最後に、ひとつの事実を伝えたい。
世の中に残っているもの。
その、ほとんどすべてに、共通点がある。
名作も、最初は下書きだった
どんな名作も、最初は粗い下書きから始まった。
書いては消し、直しては書く。
人に見せて、けなされて、また直す。
完成形が、いきなり生まれたわけではない。
私たちが「傑作」として知っているものは、
何十回も叩かれた後の、最後の姿だ。
最初から完璧だったものなど、ひとつもない。
進化も、叩かれてきた
自然界も、同じだ。
進化とは、試して、淘汰されて、また試すこと。
無数の「失敗作」の上に、今の生き物がいる。
環境に叩かれ、淘汰され、それでも残ったものだけが、ここにいる。
叩かれることは、自然界では、生き残りの条件そのものだ。
初代は、いつも不格好
どんな道具も、初代は不格好だ。
最初の自動車も、最初の電話も、最初のパソコンも。
笑われ、叩かれ、改良されて、今がある。
「こんなもの、使い物にならない」。
そう言われたものが、何度も叩かれて、生活を変えるものになった。
叩かれなかった、完璧な初代など、存在しない。
だから、作る人はえらい
完璧な初版は、ない。
すべては、叩かれて残る。
ということは。
最初に台を出す人がいなければ、
何も始まらないし、何も残らない。
叩く人ではなく、最初に置く人。
その人が、世界を一歩、前に進めている。
たとえ、その最初の一案が、原型をとどめずに作り変えられたとしても。
すべては、その一歩から始まったのだ。
このシリーズの気づき
- 名作も、進化も、初代も。すべては粗い叩き台から始まり、何度も叩かれて、最後の姿になった
- 完璧な初版は存在しない。叩かれずに残ったものは、ひとつもない。叩かれることは、生き残りの条件でもある
- だから、最初の一行を書く人は、いつだってえらい。原型が残らなくても、すべてはその一歩から始まる
最後に
もう一度、聞きたい。
白紙のドキュメントを前に、あなたは最初の一行を書けるだろうか。
叩かれるのは、こわい。
でも、叩かれるために、たたき台はある。
そして、叩かれたものだけが、残る。
あなたの最初の一行を、待っている人がいる。