バグるから、面白い
このシリーズも、最後になった。
人間はバグる、という話を、ずっとしてきた。
ここまで読むと、少し、気が滅入ったかもしれない。
では、最後に、問いたい。
そのバグは、本当に、消すべきものなのだろうか。
バグを、消した先に
もし、すべてのバグを消せたら。
いつも合理的で、感情で揺れず、決して間違えない人間。
それは、もう人間ではない。
AIだ。
そして、気づく。
私たちがバグと呼んできたものこそ、人間らしさの正体だったのだ、と。
揺れること。迷うこと。間違えること。
それらを全部消したら、残るのは、味気ない正確さだけだ。
揺らぎから、生まれるもの
新しいものは、どこから来るだろう。
完璧な計算からは、予想通りの答えしか、出てこない。
でも、人は、勘違いから発明する。
寄り道で、思いがけないものに、出会う。
失敗のなかから、誰も予想しなかった発見をする。
歴史を変えた発見の多くは、狙って出たものではなかった。
「間違い」や「偶然」の中に、それはあった。
揺らぎ、迷い、勘違い。
それは、バグであり、同時に、創造の入り口でもある。
きちんとしすぎた頭からは、きちんとした答えしか出ない。
バグらないものに、発見はあるか
AIは、バグらない。
いつも、なめらかに、正しい。
でも、いつも正しいということは、
いつも「すでにどこかにある答え」を返している、ということでもある。
そこに、本当の驚きは、あるだろうか。
予定調和でない飛躍は、生まれるだろうか。
人は、バグるから、間違える。
間違えるから、迷う。
迷うから、考える。
そして、ときどき。
誰も思いつかなかったものを、生み出す。
だから、バグを愛したい
バグを、なくそうと、しなくていい。
完璧な判断ができないことを、恥じなくていい。
揺れて、迷って、間違える。
それが、人間が人間であることの、証だ。
AIには、バグがない。
私たちには、バグがある。
その違いを、欠陥ではなく、
豊かさだと、思えたとき。
人は、AIをうらやむのを、やめられる。
そして、自分の不完全さと、仲良くなれる。
このシリーズの気づき
- すべてのバグを消した人間は、もう人間ではなくAIだ。揺れ・迷い・間違いを消したら、残るのは味気ない正確さだけ
- 新しいものは、揺らぎや勘違いから生まれる。歴史を変えた発見の多くは、狙って出たものではなく、間違いや偶然の中にあった
- バグらないAIは、いつも「すでにある答え」を返す。バグるからこそ、人は迷い、考え、誰も思いつかないものを生む
最後に
もう一度、聞きたい。
あなたは、自分のバグを、愛せるだろうか。
揺れて、迷って、間違える自分を。
それは、直すべき欠陥ではなく、
あなたが、AIではない証なのだから。