#14分

確率と計算は違う

確率論データサイエンスマーケティングビジネス思考法パスカル数学史ギャンブル

第1回: 確率と計算は違う

サイコロは過去を知らない ─ 確率とデータの本当の関係①


ボールを投げる。


角度45度、初速20m/s。

空気抵抗を無視すれば、飛距離は「計算」できる。

約40メートル。


物理法則に従えば、答えは一つに決まる。


では、コインを投げたとき。

表が出るか、裏が出るか。

これは「計算」できるだろうか。


計算できる世界

ニュートンは、宇宙のすべての動きを数式で記述した。


りんごが落ちる速度。

惑星の軌道。

砲弾の着弾点。


すべて「計算」できる。


初期条件(位置、速度、角度など)が分かれば、未来の状態は一意に決まる。

これを「決定論的」という。


決定論的な世界では、「確率」は必要ない。

答えは一つだから。


コインは計算できるか

話をコインに戻す。


物理的には、コインの動きも「計算」できる。


投げる力、角度、空気抵抗、着地の条件。

すべてが分かれば、表か裏かは「計算」で決まる。


でも、人間にはそれが分からない。


投げる瞬間の指の微妙な角度。

空気の流れ。

テーブルの反発係数。


変数が多すぎる。

測定が不可能。


だから、「確率」を使う。


確率とは何か

確率は、「知らない」を扱う道具だ。


物理的には決まっているかもしれない。

でも、私たちには分からない。


その「分からない」を、数字で表現する。


「表が出る確率は50%」


これは、「表が出やすい」という意味ではない。

「私たちには、どちらが出るか分からない」という意味だ。


決定論と確率論

整理してみる。


決定論的計算

  • 初期条件が分かれば、結果は一意に決まる
  • 例:ボールの飛距離、惑星の軌道、電気回路の電流

確率的予測

  • 初期条件が分からない(または複雑すぎる)
  • 結果が複数あり得る
  • 各結果に「可能性」を割り当てる
  • 例:コイン投げ、サイコロ、株価

計算は、「知っている」世界を扱う。

確率は、「知らない」世界を扱う。


ラプラスの悪魔

19世紀の数学者ラプラスは、こう考えた。


「もし、宇宙のすべての原子の位置と速度を知っている知性がいたら、その知性にとって不確実なことは何もない。未来も過去も、すべて『計算』できる」


これを「ラプラスの悪魔」と呼ぶ。


この「悪魔」にとって、確率は必要ない。

すべては決定論的に決まっているから。


でも、私たちは悪魔ではない。


知識には限界がある。

だから、確率が必要になる。


確率は「無知の尺度」

確率は、私たちの「無知」を測る道具だ。


「50%」という数字は、「私たちには分からない」度合いを表している。


もし、コインの初期条件が完全に分かれば、確率は「0%」か「100%」になる。

「確実に表」か「確実に裏」か。


50%というのは、最大限の無知を表している。


ここまでの気づき

1. 計算は「知っている」世界を扱う 初期条件が分かれば、結果は一意に決まる。

2. 確率は「知らない」世界を扱う 知識の限界を数値化する道具。

3. 確率は「無知の尺度」 50%は「私たちには分からない」という意味。


次回

確率が「知らない」を扱う道具だとしたら、誰が最初にその道具を作ったのか。


1654年、フランス。

数学者パスカルとフェルマーが、手紙を交わした。

テーマは「ギャンブル」。


確率論は、賭博問題から始まった。


次回: パスカルとギャンブラー ─ 確率論の誕生