第4回: スマホ時代の逆説
あの看板を右に曲がる ─ 広告の本質を問い直す④
電車の中を見渡す。
ほぼ全員が、スマホを見ている。
道を歩いている人も、スマホを見ている。
信号待ちの人も、スマホを見ている。
カフェにいる人も、スマホを見ている。
みんな、画面を見ている。
周りなんて、見ていない。
看板なんて、見られていない
こう考えるのが自然だ。
スマホ時代に、看板広告なんて効くわけがない。
みんな下を向いている。
周辺の風景に、注意を払っていない。
実際、そう思っている広告主も多い。
「今どき看板なんて」
「デジタル広告のほうが効く」
「スマホに直接届けたほうがいい」
でも、データは違うことを示している。
OOH市場は成長している
日本のOOH(屋外広告)市場は、成長を続けている。
特にデジタルサイネージ(電子看板)の伸びが著しい。
世界的にも同様だ。
OOH広告市場は、主要広告メディアの中で、最も成長率が高い部類に入る。
なぜ、スマホ時代に、屋外広告が成長するのか。
逆説的に見える。
逆説1: デジタル広告への嫌悪
一つ目の理由は、デジタル広告への嫌悪だ。
スマホの画面に、広告が出る。
動画を見ていると、広告が挟まる。
記事を読んでいると、バナーが邪魔をする。
広告ブロッカーの利用率は、年々上がっている。
「広告はうざい」という感覚が、広がっている。
でも、看板は「ブロック」できない。
物理的にそこにある。
嫌でも目に入る。
だけど、スマホ広告ほど「うざい」とは思わない。
なぜか。
押し付けられている感覚が、薄いからだ。
看板は、ただそこにある。
クリックを求めてこない。
閉じるボタンを探す必要もない。
逆説2: 注意の分散が、逆に効く
二つ目の理由は、注意の分散だ。
現代人は、常に情報にさらされている。
SNS、ニュース、メッセージ、通知。
注意は、細切れになっている。
デジタル空間では、無数の広告が競い合っている。
目立つために、より派手に、より目を引く表現に。
結果、すべてがノイズになる。
一方、物理空間では。
看板は、変わらない。
同じ場所に、同じデザインで、ずっとある。
デジタル空間の混乱の中で、物理空間の「変わらなさ」が際立つ。
注意が分散するほど、「変わらないもの」が目立つ。
逆説3: プライバシーへの懸念
三つ目の理由は、プライバシーだ。
デジタル広告は、データを使う。
閲覧履歴、検索履歴、位置情報。
「あなたのことを知っている」広告が、表示される。
これを「便利」と感じる人もいる。
でも「気持ち悪い」と感じる人も増えている。
GoogleはサードパーティCookieの段階的廃止を進めると発表していたが、延期が続いている。
それでも、プライバシー規制は世界的に強化されている。
デジタル広告の「追跡」は、確実に難しくなっている。
一方、看板は誰も追跡しない。
通りすがりの人に、ただ見せるだけ。
古いメディアが、むしろ「クリーン」に見える。
物理空間の価値
スマホ時代だからこそ、見えてくることがある。
物理空間の価値だ。
デジタル空間は、無限だ。
広告の数も、コンテンツの数も、際限がない。
注意を奪い合う競争は、激化する一方。
物理空間は、有限だ。
看板を立てられる場所は、限られている。
だからこそ、そこにある広告は、見られる。
「古い」が「新しい」価値を持つ
ここに逆説がある。
「古い」メディアである看板が、「新しい」価値を持ち始めている。
デジタル広告が嫌われるほど、アナログが輝く。
情報が増えるほど、「変わらない」ことが価値になる。
追跡が嫌われるほど、「ただ見せる」ことが好まれる。
スマホ時代に、看板広告が成長している。
これは矛盾ではない。
むしろ、時代の必然かもしれない。
ここまでの気づき
1. スマホ時代だからこそ、現実空間の広告が効く デジタル広告への嫌悪が、OOHの価値を相対的に上げている。
2. デジタル広告の限界が、OOHの価値を上げている 追跡、ブロック、プライバシー。デジタルの課題が、アナログの強みになる。
3. 「古い」メディアが「新しい」価値を持つ逆説 変わらないこと、追跡しないことが、むしろ価値になる時代。
次回
4回にわたって、看板広告を見てきた。
広告なのに道案内として使われている。
費用対効果が高いのに投資されない。
見ていないのに覚えている。
スマホ時代に成長している。
矛盾だらけだった。
でも、その矛盾から、広告の本質が見えてくる。
最終回は、「広告とは何か」を問い直す。
次回: 広告の本質とは何か ─ 生活に溶け込むということ(最終回)