第5回: SNS時代に失われたもの、残ったもの
本屋の魔法 ─ SNS以前、本はどう売れたのか⑤(最終回)
TikTokで本が売れる。
30年前の本が、突然重版される。
2020年代の出版業界で起きていることだ。
『残像に口紅を』の復活
筒井康隆の『残像に口紅を』。
1989年に発表され、1995年に文庫化された小説だ。
30年以上経った2020年代、突然売れ始めた。
TikTokで紹介されたのがきっかけだった。
3万5000部の緊急重版。
30年前の本が、SNSで復活した。
TikTok売れの構造
「TikTok売れ」という現象がある。
『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』(スターツ出版、2016年刊)。
2020年にTikTokで投稿されたことをきっかけに、20万部を超えた。
面白いのは、投稿者のフォロワー数だ。
数千人程度でも、「おすすめ」に乗れば一気に拡散する。
他のSNSでは、何万人ものフォロワーを持つインフルエンサーが投稿して初めて話題になることが多い。
TikTokは違う。
「素の感想」への共感
なぜ、TikTokで本が売れるのか。
商業的な匂いがしない「中立的な素の感想」が支持されている。
「この本、泣いた」
「読み終わって放心した」
「人生変わった」
飾らない言葉。
広告ではない、個人の感想。
それが、信頼される。
出版業界の変化
一方で、出版業界は縮小を続けている。
出版市場の推移
- 1996年:2兆6563億円(ピーク)
- 2023年:1兆612億円(紙の出版物のみ)
約60%減。
電子書籍を含めても、ピーク時には戻っていない。
書店数の推移
- 2000年頃:約2万1,000軒
- 2025年2月:約1万500軒
半減だ。
書店のない市区町村は、全国の27.9%(2024年8月末時点)。
SNS以前 vs TikTok時代
4回の連載を振り返りながら、対比してみる。
| 項目 | SNS以前 | TikTok時代 |
|---|---|---|
| 情報の発信者 | 書店員、評論家、メディア | 一般読者(フォロワー数関係なし) |
| 話題の広がり | 段階的、地域的 | 一気に全国へ拡散 |
| 持続期間 | 週単位のブーム | 3ヶ月以上継続することも |
| 信頼の根拠 | 専門家の評価 | 「素の感想」への共感 |
| 対象作品 | 新刊中心 | 既刊のリバイバルも多い |
| 本との出会い | 書店の陳列 | スマホの画面 |
変わったもの
何が変わったのか。
1. 情報の発信者
かつては、書店員や評論家、メディアが「この本を読むべき」を決めていた。
今は、一般の読者がその役割を担う。
2. 拡散のスピード
かつては、口コミが段階的に広がった。
地域から地域へ、週単位で。
今は、一夜にして全国に広がる可能性がある。
3. 対象作品の範囲
かつては、新刊が話題の中心だった。
今は、30年前の本でもリバイバルする。
変わらなかったもの
では、変わらなかったものは何か。
「信頼できる誰かの推薦」という構造だ。
かつては、書店員のPOPを信じた。
「この人がおすすめするなら、読んでみよう」
今は、TikTokの投稿を信じる。
「この人が泣いたなら、読んでみよう」
その「誰か」が、専門家から一般人にシフトしただけだ。
本屋の魔法は消えたのか
書店数は半減した。
電子書籍が普及した。
本との出会いは、スマホの画面に移った。
本屋の魔法は、消えたのだろうか。
消えていない、と思う。
形を変えて、生き続けている。
「この本、面白かったよ」
考えてみる。
本を買う理由は、昔も今も変わらない。
「この本、面白かったよ」
という、誰かの言葉だ。
それが、書店員の手書きPOPだったか。
TikTokの動画だったか。
友人の一言だったか。
形は違っても、本質は同じだ。
本屋という「舞台」の変容
本屋は、「出会いを演出する舞台」だった。
その舞台は、今も存在している。
ただ、スマホの画面に広がっただけだ。
平積みの代わりに、おすすめアルゴリズム。
書店員のPOPの代わりに、TikTokの動画。
「出会いを演出する」という機能は、変わっていない。
ここまでの気づき
1. 情報の発信者は変わった(専門家→一般人) 「読むべき本」を決める主体が移動した。
2. 拡散のスピードは変わった(段階的→瞬間的) 一夜にして全国に広がる可能性がある。
3. でも「信頼できる推薦」という本質は変わらない 誰かの言葉を信じて、本を買う。それは昔も今も同じ。
おわりに
本屋の魔法 ─ SNS以前、本はどう売れたのか。
5回にわたって、その仕組みを見てきた。
書店の陳列という「舞台装置」。
書店員の手書きPOPという「目利き」。
帯と広告という「仕掛け」。
文学賞とメディアという「お墨付き」。
これらは、すべて「本と読者の出会い」を演出するものだった。
SNS時代になって、形は変わった。
でも、本質は変わらない。
「この本、面白かったよ」
その一言の力は、今も昔も変わらない。
本屋の魔法 ─ SNS以前、本はどう売れたのか(了)