第4回: 文学賞とメディアの「お墨付き」
本屋の魔法 ─ SNS以前、本はどう売れたのか④
芥川賞・直木賞を獲ると、なぜ売れるのか。
受賞のニュースが流れると、書店に人が押し寄せる。
受賞作は、翌日には平積みにされる。
増刷がかかる。ベストセラーランキングに入る。
「お墨付き」の力だ。
芥川賞・直木賞の誕生
芥川賞と直木賞は、1935年に創設された。
創設者は、菊池寛。
文藝春秋を創刊した人物だ。
直木三十五、芥川龍之介の名を冠した新人賞として作った。
菊池寛は、こう語っている。
「半分は雑誌の宣伝にやっている」
商業的な性格を、最初から認めていた。
受賞作の売上ランキング
芥川賞受賞作の売上を見てみる。
芥川賞受賞作 売上部数ランキング
- 又吉直樹『火花』:約253万部
- 村上龍『限りなく透明に近いブルー』:約131万部
- 綿矢りさ『蹴りたい背中』:約127万部
- 柴田翔『されどわれらが日々』:約106万部
253万部。
純文学で、この数字は異常だ。
「話題」が売上を作る
なぜ、又吉直樹の『火花』は売れたのか。
お笑い芸人が芥川賞を獲った。
これが、話題になった。
綿矢りさの『蹴りたい背中』も同様だ。
19歳での最年少タイ受賞。
これが、社会現象になった。
文学賞は、本の質を保証するだけではない。
「話題」を作る装置でもある。
メディアミックスの威力
文学賞だけではない。
映画化、ドラマ化も、本の売上を押し上げた。
『窓ぎわのトットちゃん』(黒柳徹子著、1981年)。
単行本だけで585万部。戦後最大のベストセラーだ。
発売時、本の売れ行きがNHKのニュースで報じられた。
トラックに積まれた本が書店に運ばれる様子が中継された。
著者の黒柳徹子が紅白歌合戦の司会を続けていたことも、認知を維持する効果があったと言われている。
『ハリー・ポッター』現象
1999年、『ハリー・ポッターと賢者の石』が日本で発売された。
第1ヶ月で28万部。
児童書としては驚異的な数字だった。
シリーズは大ヒットを続け、第4巻以降は「買い切り制」を導入。
通常、書店は売れ残った本を返品できる。
買い切り制は、返品不可。その代わり、仕入れ値が安くなる。
それでも、書店は買った。
売れることが分かっていたからだ。
第4巻初版230万部。第5巻初版290万部。
シリーズ累計2,360万部。売上651億円。
発売日には、書店員が魔法使いの衣装で販売するなど、イベント化した。
権威が売上を作る時代
振り返ると、SNS以前は「権威」が売上を作る時代だった。
文学賞という権威。
テレビというメディアの権威。
新聞の書評という権威。
「この本を読むべきだ」
という「お墨付き」を、権威が与えていた。
読者は、その「お墨付き」を信じて、本を買った。
権威 vs 個人の発信
ここで、一つの対比が見えてくる。
SNS以前:権威が「読むべき本」を決める。
SNS時代:個人が「面白かった本」を発信する。
信頼の源泉が、「権威」から「共感」に移動している。
でも、本質は変わらない。
「誰かの推薦」を信じて、本を買う。
その「誰か」が変わっただけだ。
ここまでの気づき
1. 文学賞は「読むべき本」のフィルターだった 権威による「お墨付き」が、購買を後押しした。
2. メディアミックスは「複数の接点」で認知を広げた 本だけでなく、映画、ドラマ、ニュースで接触回数を増やした。
3. 「話題になること」自体が売上を生む構造があった 19歳の受賞、芸人の受賞。話題性が売上に直結した。
次回
4回にわたって、SNS以前の本の売れ方を見てきた。
書店の陳列。書店員のPOP。帯と広告。文学賞とメディア。
では、SNS時代になって、何が変わったのか。
何が変わらなかったのか。
TikTokで本が売れる。30年前の本が突然重版される。
最終回は、その「変化」と「不変」を見ていく。
次回: SNS時代に失われたもの、残ったもの ─ 本は誰の言葉で売れるのか(最終回)