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戦争が終わったあとのマーケティング

マーケティングの正体言葉の起源ビジネス史マーケティング仕事論エッセイ毎日投稿

第5回: 戦争が終わったあとのマーケティング

70年間の戦争

振り返ってみよう。

1945年、第二次世界大戦が終わった。

軍人たちがビジネス界に流れ込み、軍事用語がマーケティングに持ち込まれた。

「ターゲット」「キャンペーン」「戦略」「攻略」。

私たちは70年間、「戦争の言葉」で仕事をしてきた。

顧客を「敵」とみなし、「攻略」し、「占領」してきた。

その戦争は、そろそろ終わりを迎えている。


言葉を変えると、思考が変わる

なぜ言葉にこだわるのか。

言葉は思考を規定するからだ。

「ターゲット」と呼ぶ限り、顧客は「標的」であり続ける。

「攻略」と言う限り、市場は「敵地」であり続ける。

言葉を変えない限り、思考は変わらない。行動も変わらない。


新しい言葉を探す

では、どんな言葉を使えばいいのか。

いくつか候補を挙げてみよう。

軍事用語新しい言葉の候補
ターゲットパートナー、仲間、共創者
キャンペーン対話、招待、プロジェクト
攻略協力、共創、つながり
市場シェアコミュニティの深さ
競合に勝つ顧客に選ばれる
獲得出会う、つながる

正直なところ、まだしっくりくる言葉は見つかっていない。

「パートナー」は堅すぎる。「共創者」は長すぎる。

「ターゲット」のように、一言でピタッと決まる代替語がまだない。


それでも、変え始める価値はある

完璧な代替語がなくても、意識することには意味がある。

会議で「ターゲット」と言いそうになったとき、一瞬立ち止まる。

「この人たちを、本当に"標的"として見ていいのか?」

その一瞬の躊躇が、思考を変え始める。

言葉を変えることは、思考を変えることである。

思考を変えることは、行動を変えることである。


新しいマーケティングの形

言葉だけでなく、アプローチも変わりつつある。

「勝つ」から「続く」へ。

市場で勝つことより、顧客と長く付き合うことが重要になってきている。

一回の購買より、生涯価値。

短期の売上より、長期の関係。

「奪う」から「分かち合う」へ。

パイを奪い合うより、パイを一緒に大きくする。

競合を潰すより、業界全体を盛り上げる。

自社だけ勝つより、エコシステムで共存する。

「敵」から「仲間」へ。

顧客は攻略対象ではなく、一緒に価値を作る仲間。

競合は敵ではなく、業界を共に発展させる同志。

市場は戦場ではなく、価値が交換される場所。


しかし、簡単ではない

ただ、現実も見ておく必要がある。

軍事用語を完全に捨てるのは、現実的ではない。

なぜだろうか。

まず、競合は存在する。ビジネスには競争がある。

「みんな仲良く」では済まない場面がある。

次に、数字を追わなければならない。売上目標、KPI、成長率。

「関係が深まりました」だけでは、株主は納得しない。

そして、組織を動かすには「分かりやすさ」が必要になる。

「顧客を攻略しろ」は明確である。「顧客と共創しよう」は曖昧になりがちだ。

軍事用語は便利だから、使われ続けてきた。

それは事実である。


それでも、問い続ける

だからといって、何も変えなくていいわけではない。

大事なのは、無意識を意識することだ。

「ターゲット」という言葉を使うとき、自分が何をしているか意識する。

「攻略」という言葉を使うとき、顧客をどう見ているか意識する。

意識すれば、違う選択ができるようになる。

「今回は"ターゲット"でいい」

「でも、この場面では"パートナー"の方がいい」

使い分けができるようになる。


代替語を作るのは、私たちの仕事だ

「ターゲット」に代わる完璧な言葉は、まだない。

しかし、それは「ない」のではなく、「まだ作られていない」だけである。

誰かが作らなければならない。

それは、学者かもしれない。経営者かもしれない。マーケターかもしれない。

もしかしたら、あなたかもしれない。

新しい言葉は、必要とする人が作るものだ。

70年前、軍人たちが軍事用語をビジネスに持ち込んだように。

今度は私たちが、新しい言葉をビジネスに持ち込む番である。


あなたへの問い

この連載を通じて、一つのことを伝えたかった。

普段使っている言葉には、歴史がある。

その歴史を知ることで、言葉の持つ力が見えてくる。

そして、言葉を選ぶことができるようになる。

さて、最後に問いを残しておこう。


あなたは明日から、顧客を何と呼ぶか?

「ターゲット」と呼び続けるか。

それとも、新しい言葉を探すか。


「戦争」が終わったあと、あなたのマーケティングはどうなるか?

攻略を続けるか。

それとも、協力を始めるか。


70年間の戦争は、そろそろ終わっていい。

答えは、あなたの中にある。


まとめ:3つの洞察

  1. 言葉を変えると、思考が変わる

    • 「ターゲット」と呼ぶ限り、顧客は標的であり続ける
  2. 「戦争モデル」から「共創モデル」への転換が始まっている

    • 勝つ→続く。奪う→分かち合う。敵→仲間
  3. 代替語を作るのは、私たちの仕事だ

    • 完璧な言葉はまだない。だからこそ、探す価値がある

連載を終えて

第1回から第5回まで、読んでいただきありがとうございます。

マーケティング用語の軍事起源。その歴史と構造。そして、これからの可能性。

この連載が、あなたの「言葉」への意識を少しでも変えたなら、嬉しく思います。

言葉を選ぶことは、未来を選ぶことである。

あなたが選ぶ言葉が、あなたのマーケティングを作ります。