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第6回: AI革命 ─ 私はAIと働いている

哲学エッセイ

第6回: AI革命 ─ 私はAIと働いている

この原稿を、私はAIと一緒に書いている。

嘘ではない。事実だ。


告白(その2)

私は毎日、ChatGPTを使っている。

プロジェクト管理の相談。契約書のレビュー。メールの文案作成。プログラミングの補助。

「AI時代の哲学」を語る人間が、AIなしでは仕事ができない。

矛盾か。

私はそう思わない。


私の使い方

具体的に、どう使っているか。

朝、その日のタスクをChatGPTに投げる。「これらの優先順位を提案して」

午前、難しいメールの下書きを作ってもらう。「このクライアントにこういう状況を説明したい」

午後、プログラミングで詰まったらコードを見せる。「なぜこのエラーが出るか」

夜、今日の振り返りを言語化する。「今日の意思決定を整理して」

1日に10回以上、AIに問いかけている。


AIは「鏡」である

使い続けて気づいたことがある。

AIは「鏡」だ。

良い問いを投げれば、良い答えが返ってくる。曖昧な問いを投げれば、曖昧な答えが返ってくる。

AIの出力の質は、私の入力の質に依存する。

つまり、AIを使いこなすとは、自分の思考を明確にすることだ。


19歳の私に、AIがあったら

ここで思考実験をしてみる。

19歳、KDDI基地局の点検業務。マニュアルにないトラブルが起きた。

当時は、先輩に電話するか、自分で考えるしかなかった。

もしAIがあったら、どうなっていたか。

「この症状の原因として考えられるものを挙げて」

おそらく、正解に近い候補が出てきただろう。

しかし、私は「分かった」だろうか。


「分かる」と「答えを得る」

第3回で、印刷革命について書いた。

ソクラテスは「文字は知識を与えるが、知恵は与えない」と警告した。

AIも同じだ。

AIは「答え」を与える。しかし「理解」は与えない。

19歳の私がAIから答えを得ても、現場で何が起きているかは「分からなかった」だろう。

現場に立ち、観察し、仮説を立て、試行錯誤する。そのプロセスを経なければ、本当の理解には至らない。


では、AIは不要か

そうは言わない。

AIは「時間」を節約してくれる。正解に至るまでの試行錯誤を、短縮してくれる。

私が19歳のとき、正解にたどり着くのに3時間かかった。AIがあれば、30分で済んだかもしれない。

残りの2時間30分で、別の経験ができた。

AIは「効率」を与える。人間は「効率」を「深さ」に変換すべきだ。


革命の本質

農耕革命は「所有」を変えた。産業革命は「時間」を変えた。情報革命は「接続」を変えた。

AI革命は「思考」を変えようとしている。

これまでの革命と同じだ。技術は変わる。しかし、人間は変わらない。

農耕革命で人間が「未来」を手に入れたように、AI革命でも人間は何かを手に入れ、何かを失う。

問題は、何を手に入れ、何を失うかを「意識的に選べるか」だ。


思考の外部化

計算は昔から外部化されていた。そろばん。電卓。コンピュータ。

しかし、これらは「決められた手順」を実行するだけだった。

ChatGPTは違う。質問すれば、答えが返ってくる。文章を書ける。プログラムも書ける。

これは「手順の実行」ではない。「思考の代行」だ。

ユヴァル・ノア・ハラリは『ホモ・デウス』(河出書房新社、2018年)で、「知能」と「意識」の分離を予見した。

AIは「知能」を持つ。しかし「意識」は持たない。

意識なき知能が、意識ある存在(人間)を凌駕しつつある。これが、AI革命の本質だ。


私の立場

AIについて語る人間は多い。

「AIが仕事を奪う」と警告する専門家。「AIは人類の脅威だ」と訴える学者。「AIで社会が変わる」と説くコンサルタント。

彼らに問いたい。あなたはAIを使っているのか。

私が見る限り、AIについて最も声高に語る人ほど、AIを現場で使っていない。本を読み、論文を書き、講演をする。しかし、AIで仕事をしていない。

これは産業革命のときのラッダイトと同じだ。機械を理解せずに恐れている。

私はAIを「道具」として使う。

敵視しない。神格化もしない。

ただし、道具として使うためには、条件がある。

「自分が何を問いたいか」を知っていること。

問いを持たない者は、AIを使えない。使われるだけだ。

私は19歳から現場で「問い」を立ててきた。

「なぜこのケーブルはここにあるのか」「なぜこの設計になっているのか」「なぜこの手順が必要なのか」

この習慣が、AI時代の武器になる。


どう生きるか

AI革命を生き抜くために、私が実践していること。

第一に、毎日AIを使う。恐れていては、使いこなせない。まず使う。失敗する。学ぶ。

第二に、AIの出力を鵜呑みにしない。AIは間違える。ハルシネーション(幻覚)を起こす。必ず検証する。

第三に、「問い」を磨く。良い問いが、良い出力を生む。問いの質が、AIとの協働の質を決める。

第四に、「分かる」経験を続ける。AIに任せられることは任せる。しかし、現場での試行錯誤は続ける。

答えを得ることと、分かることは違う。この違いを忘れない。


次回予告

最終回では「未来への問い」を取り上げる。

5つの革命を振り返った今、私たちは何を問うべきか。

「人間らしさ」とは何か。

2500年前の哲学者たちは、同じ問いに向き合っていた。

答えはない。しかし、問い続けることはできる。