#26分

「受け入れる」とはどういうことか|感謝の哲学を問い直す

小林正観感謝ありがとう自己啓発スピリチュアル哲学問い直す受け入れる

第2回:「受け入れる」とはどういうことか

理不尽なことが起きた。

上司の理不尽な要求。突然の異動。約束を破られた。


そんなとき、「受け入れろ」と言われても困る。

受け入れられるなら、最初から苦しんでいない。


でも、小林正観は言う。

起きることはすべて必然。抵抗しない。受け入れる、と。


それは本当に可能なのだろうか。

そして、それは正しいことなのだろうか。


五戒という考え方

小林正観には「五戒」と呼ばれる教えがある。

不平不満を言わない。

愚痴を言わない。

泣き言を言わない。

悪口を言わない。

文句を言わない。


この五つを守ると、人生が好転するという。


一見、厳しいルールに見える。

不満があっても言わない。愚痴も言わない。泣き言も言わない。


でも、小林正観は「言わなければいい」と言っているだけだ。

感じてはいけない、とは言っていない。


ここに、少し救いがある。


感じることと、言うことの違い

怒りを感じてはいけない、と言われたら困る。

怒りは自然に湧いてくるものだ。

コントロールできない。


でも、「言わない」ならできるかもしれない。

感じても、口に出さない。

それは、意志の問題だ。


小林正観の五戒は、感情を否定しているわけではない。

感情の「表出」を制限しているだけだ。


そう考えると、少しハードルが下がる。

でも、疑問は残る。


言わないことの功罪

不満を言わない。愚痴を言わない。

それは、自分の中に溜め込むことではないのか。


心理学では、感情を抑圧することの危険性が指摘されている。

言葉にしないと、感情は消化されない。

体の症状として出ることもある。


小林正観の教えは、抑圧を勧めているのだろうか。


おそらく、違う。


「言わない」と「溜め込む」の違い

愚痴を言わないことと、愚痴を溜め込むことは違う。


溜め込むとは、感情を無視すること。

存在しないふりをすること。

でも、感情は消えない。地下に潜るだけだ。


一方で、「言わない」とは、感情を認めた上で、言葉にしないことかもしれない。

「あ、今自分は怒っているな」と気づく。

気づいた上で、口に出さない選択をする。


これは、抑圧とは違う。

自覚的な選択だ。


小林正観が言いたかったのは、こちらかもしれない。

でも、その区別は難しい。


受け入れることと、諦めることの違い

もう一つ、考えたいことがある。

受け入れることと、諦めることは違うのだろうか。


諦めるとは、抵抗を止めること。

「もう仕方ない」と、希望を捨てること。


受け入れるとは、何だろう。


小林正観は「抵抗しない」と言う。

でも、抵抗しないことと、諦めることは同じに見える。


一つ、ヒントがある。

小林正観は「現実を変えようとするな」とは言っていない。

「現実に抵抗するな」と言っている。


この違いは何だろう。


抵抗しないこと、変えようとすること

理不尽な上司がいる。


「抵抗する」とは、その上司を敵視すること。

「なぜこんな人間が上司なんだ」と怒ること。

不公平だ、間違っていると、心の中で戦い続けること。


「変えようとする」とは、状況を改善しようとすること。

異動を申し出る。転職を考える。スキルを磨いて、立場を変える。


抵抗は、心の中の戦い。

変化への行動は、現実への働きかけ。


小林正観は、前者を止めろと言っているのかもしれない。

心の中で戦い続けることは、エネルギーの浪費だから。


でも、後者は否定していない。


そう解釈すると、「受け入れる」の意味が少し変わる。


受け入れるとは、戦いを止めること

現実と戦わない。

「こうであるべきだ」という理想を手放す。

今、ここにあるものを、まず見る。


その上で、変えられることは変えていく。

変えられないことは、そのまま置いておく。


「受け入れる」とは、諦めることではなく、戦いを止めることなのかもしれない。


でも、これは言うほど簡単ではない。


戦いを止めることの難しさ

人は、意味を求める生き物だ。

理不尽なことが起きたとき、「なぜ」と問いたくなる。


「なぜ自分だけ」「なぜこんな目に」

その問いは、心の中の戦いを続けさせる。


小林正観は「なぜ」と問うなと言う。

起きたことに、理由を求めるなと言う。


それは、思考停止だろうか。

それとも、無駄な戦いを止める知恵だろうか。


分からない。

答えは出ない。


ここまでの気づき

  • 「言わない」ことと「溜め込む」ことは違うのかもしれない
  • 受け入れることは、諦めることではなく、心の中の戦いを止めることかもしれない
  • でも、戦いを止めることは、思っている以上に難しい

明日へ

小林正観は、もう一つ興味深いことを言っている。

「頼まれごとは試されごと」

自分のやりたいことより、人に頼まれたことをやる。


それは、自分の意志を捨てることではないのか。

主体性はどこへ行くのか。


明日、考えてみたい。