第2回:立場が人を変える
会社で、尊敬していた先輩がいた。
いつも現場の味方だった。
「上はなにも分かってない」が口癖だった。
その人が、課長になった。
半年後。
「お前らも、もう少し会社の事情を考えろ」
あの先輩が、そう言った。
驚いた。
裏切られた気持ちになった。
でも、先輩は先輩のままだった。
名前も顔も性格も変わっていない。
変わったのは、肩書きだけだ。
「見えるもの」が変わる
立場が変わると、見えるものが変わる。
平社員のとき、見えていたのは自分の仕事だ。
目の前のタスク。自分のチーム。自分の評価。
課長になると、見えるものが増える。
部署全体の予算。他部署との調整。上からの圧力。部下のトラブル。
見えるものが増えると、判断基準が変わる。
「現場のために」だけでは動けなくなる。
「全体のバランス」を考えなければいけなくなる。
先輩は、裏切ったのではないのかもしれない。
見える景色が変わって、言葉が変わっただけなのかもしれない。
「守るもの」が変わる
もうひとつ、変わるものがある。
守るもの。
平社員のとき、守るのは自分の生活だ。
自分の時間。自分の健康。自分の評価。
課長になると、守るものが増える。
部署の成績。部下の雇用。上との信頼関係。自分のポジション。
守るものが増えると、発言が慎重になる。
失うものが増えるから、冒険ができなくなる。
かつて大胆だった人が保守的になる。
かつて自由だった人が慎重になる。
それは性格が変わったのではなく、守るものが増えたのかもしれない。
政治家に戻って考える
この構造を政治家に当てはめてみる。
候補者のとき。
守るものはほとんどない。
だから大胆に語れる。理想を叫べる。
失うものがないから、怖いものがない。
当選した途端。
守るものが一気に増える。
党の方針。支持者との関係。次の選挙。政治生命。
大臣になったら、さらに増える。
省庁との関係。国際的な立場。経済への影響。
一言で株価が動く。一言で外交が揺れる。
その重さの中で、言葉が変わる。
「変えます」が「検討します」になる。
「許さない」が「慎重に対応します」になる。
これは嘘だろうか。
それとも、重さを知ったということだろうか。
「あの人は変わった」と言うとき
「あの人は変わった」
この言葉を使ったことがあるだろうか。
政治家に対してだけではない。
昇進した友人。結婚した同僚。成功した知人。
「変わったね」と言ったことがあるかもしれない。
でも、本当に変わったのは誰だろう。
相手だろうか。
それとも、相手と自分の「立場の差」だろうか。
同じ立場にいたときは、同じものが見えていた。
だから共感できた。
立場が離れると、見えるものが違う。
だから「変わった」と感じる。
変わったのは相手ではなく、二人の距離なのかもしれない。
立場の魔力
立場には魔力がある。
「自分は変わらない」と思っていても、立場が変われば変わる。
これは弱さではない。
人間の構造だ。
見えるものが変わる。
守るものが変わる。
求められるものが変わる。
その中で、同じことを言い続けるのは、想像以上に難しい。
政治家を「嘘つき」と呼ぶのは簡単だ。
でも、自分が同じ立場に立ったとき、同じことを言い続けられるだろうか。
その問いに、正直に答えられる人は少ないのかもしれない。
ここまでの気づき
- 立場が変わると「見えるもの」と「守るもの」が変わる
- 変わったのは本人ではなく、立場が見せる景色かもしれない
- 「あの人は変わった」は、二人の距離が開いたことの表れかもしれない
明日へ
「ブレない人」を尊敬する風潮がある。
一貫している。信念を曲げない。筋を通す。
でも、一貫性は本当に美徳なのだろうか。
変わらないことは、本当に正しいのだろうか。
明日、考えてみたい。