#25分

群れを離れると、見えるもの

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群れを離れると、見えるもの

1匹のイワシが、逆方向に泳ぎ始めた。

群れから、離れていく。


怖い。

本能が叫んでいる。

「危険だ」 「戻れ」 「一人でいると、食われる」


それは事実だ。

捕食者は、群れから外れた個体を狙う。

はぐれた1匹は、格好の獲物になる。

群れにいることは、生存戦略として正しい。


でも、見たいものがあった。

「この群れ、どこへ向かってるんだろう」

中にいると、見えない。

離れないと、分からない。

だから、離れた。


俯瞰という贅沢

離れてみると、群れ全体が見えた。

何千匹ものイワシが、一つの塊として動いている。

中にいたときは、隣の数匹しか見えなかった。

全体の形も、進む方向も、分からなかった。


離れた瞬間、すべてが見えた。

群れの大きさ。 進んでいる方向。 スピード。 そして、その先に何があるのか。


これが「俯瞰」だ。

中にいると見えないものが、外に出ると見える。


会社を辞めた人が言う言葉がある。

「辞めてみて初めて、あの会社のおかしさが分かった」

中にいるときは「普通」だったことが、外から見ると「普通じゃなかった」と気づく。


毎日終電まで働くのが「普通」だった。 有給を取らないのが「普通」だった。 上司の理不尽に耐えるのが「普通」だった。

外に出て、初めて気づく。

それは「普通」じゃなかった。


でも、離れると失うもの

俯瞰は贅沢だ。

でも、タダではない。


安全を失う

群れにいれば、捕食者に狙われにくい。

会社にいれば、毎月給料が入る。

「普通」の中にいれば、誰にも批判されない。

離れた瞬間、それがなくなる。


フリーランスになった人が最初に感じるのは、自由ではない。

不安だ。

来月の収入が分からない。 誰も守ってくれない。 すべて自分で決めなければいけない。


仲間を失う

群れから離れると、元の群れから攻撃されることがある。

「あいつ、何考えてるんだ」 「空気読めないやつ」 「変わったやつ」


会社の飲み会で「転職を考えている」と言ったらどうなるか。

友人に「今の生き方、おかしいと思う」と言ったらどうなるか。

家族に「普通じゃない道を行きたい」と言ったらどうなるか。


応援してくれる人もいる。

でも、距離を置かれることも、ある。

群れから離れるということは、群れとの関係が変わるということだ。


確信を失う

群れの中にいると、迷わない。

みんなと同じ方向に泳いでいれば、「これでいいんだ」と思える。

離れた瞬間、その確信が消える。


「本当にこれでよかったのか」 「戻った方がいいんじゃないか」 「間違っているのは、自分の方じゃないか」


この問いが、終わらない。

群れの中にいれば、問う必要がなかった。

離れたから、問い続けなければいけない。

それは、思っていたより疲れる。


安全か、視点か

離れると、見える。

でも、失うものがある。


安全。 仲間。 確信。


群れに残ると、見えない。

でも、守られるものがある。


安全。 仲間。 安心。


どちらが正しいか。

たぶん、どちらも正しい。


群れにいることを選ぶ人は、愚かではない。

離れることを選ぶ人は、勇敢とも限らない。

どちらも、自分なりの理由がある。


ただ、一つだけ言えることがある。

離れてみないと、群れの全体像は見えない。

中にいるままでは、永遠に「隣のイワシ」しか見えない。


見たいなら、離れるしかない。

見なくていいなら、離れなくていい。

それだけのことだ。


ここまでの気づき

  • 群れを離れると「俯瞰」が手に入る。中にいたときは見えなかった全体像が見える
  • 離れることの代償は3つ。安全、仲間、確信を失うリスクがある
  • 離れることが正しいわけではない。残ることが間違いでもない。どちらも選択だ

明日へ

離れてみた1匹のイワシは、群れの向かう先を見た。

その先は、本当に正しいのだろうか。

群れ全体が、間違うことはあるのだろうか。

歴史を振り返ってみたい。