#35分

群れは、間違える

群れに逆らう一匹考え方生き方同調圧力エッセイ違和感俯瞰バブル崩壊

群れは、間違える

逆走したイワシが見たもの。

それは、群れが向かう先だった。


豊かな漁場かもしれない。

安全な場所かもしれない。

でも、もしかしたら。

崖かもしれない。

罠かもしれない。


群れの中にいると、その先が見えない。

ただ、隣に合わせて泳いでいる。

「みんなが向かってるから、正しいはずだ」

そう信じて。


でも、本当にそうだろうか。

群れ全体が、間違うことはないのだろうか。


バブルの記憶

1980年代後半の日本。

「土地は絶対に値下がりしない」

みんなが、そう信じていた。


銀行が貸した。 企業が買った。 個人も買った。

隣の人が買っているから、自分も買う。

「みんなが買ってるから、大丈夫だろう」


銀座の小さなビルの土地が、北海道の牧場より高かった。

当時、東京23区の地価でアメリカ全土が買えるという試算もあった。

おかしい。

冷静に考えれば、おかしい。


でも、誰も止まらなかった。

群れが走っていたから。

隣の人が走っていたから。

立ち止まる方が、怖かった。


1991年、バブルは崩壊した。

土地の値段は暴落した。 借金だけが残った。 自殺者が増えた。


群れは、間違えた。


「みんなが言ってる」は正しいか

SNSでの炎上。

誰かの発言が切り取られる。

「ひどい」「許せない」「謝れ」

何千人もが、同じ方向に怒りを向ける。


数日後、全文が公開される。

文脈が分かる。

切り取られた部分だけでは、意味が違っていた。


でも、もう遅い。

その人の社会的な信用は傷ついている。

謝った人は少ない。 ほとんどの人は、そのことすら忘れている。


何千人もが「正しい」と思って怒った。

でも、間違っていた。


群れは、間違える。


同調圧力という力

心理学に「アッシュの同調実験」というものがある。

1951年の実験だ。


部屋に8人がいる。

そのうち7人は、実験者側の仕込み(サクラ)だ。

本当の被験者は1人だけ。


画面に線が表示される。

「この3本の線のうち、どれが見本と同じ長さですか?」

答えは明らかだ。見れば分かる。


でも、7人のサクラが全員、間違った答えを言う。

すると、どうなるか。


本当の被験者の約75%が、少なくとも1回は間違った答えに同調した。

自分の目を信じるより、群れに合わせた。


見れば分かる。答えは明らかだ。

なのに、群れに合わせる。

「みんなが言ってるから、自分が間違ってるのかも」


そう思ってしまう。

人間の脳は、そういうふうにできている。


一人ひとりは賢い。でも。

ここで注意したいことがある。

群れの中の一人ひとりは、愚かではない。


バブルのときも、一人ひとりは合理的に判断していた。

「周りが買ってるから、自分も買わないと損だ」

その判断は、個人としては合理的だった。


SNSで怒った人も、一人ひとりは正義感から動いていた。

「ひどい発言だ」と思った。 それは嘘ではない。


でも、個人の合理的な判断が集まると、集団としては非合理になることがある。

一人ひとりは正しくても、全体としては間違える。


これが群れの怖さだ。

愚かな人が集まって間違えるのではない。

賢い人が集まっても、間違える。


「みんながやってる」の正体

「みんながやってるから」

この言葉の正体を、もう一度考えてみる。


「みんながやってる」は、「正しい」の証明ではない。

「みんながやってる」は、「みんながやってる」という事実でしかない。


バブルのとき、みんなが土地を買っていた。間違いだった。

魔女狩りのとき、みんなが魔女を告発していた。間違いだった。

SNSの炎上で、みんなが怒っていた。間違いだった。


「みんながやってる」ことが正しいなら、歴史上の悲劇は起きなかった。


だから、たまには立ち止まってみる。

「この方向、本当に正しいのか?」

その問いを持つだけでいい。

答えは出なくてもいい。

問いを持つこと自体に、意味がある。


ここまでの気づき

  • 群れは間違える。バブル、SNS炎上、歴史的悲劇。すべて「みんながやってた」ことだ
  • 一人ひとりは賢くても、集団になると非合理な方向に動くことがある
  • 「みんながやってる」は正しさの証明ではない。事実の記述にすぎない

明日へ

群れが間違えることがある。

それに気づいてしまったら、どうする。

戻って伝えるか。 一人で逃げるか。 気づかなかったことにするか。

気づいてしまった者には、独特の孤独がある。

明日は、その話をしてみたい。