#35分

賢者はみんな逃げていた

逃げるの哲学逃げる考え方生き方エッセイ徳川家康歴史孫子

賢者はみんな逃げていた

エピクロスという哲学者がいた。

紀元前3世紀のアテネ。


政治家が権力を争い、弁論家が名声を競っていた時代。

出世するには、政治に関わるしかなかった。


エピクロスは言った。

「隠れて生きよ」


社会から消えた哲学者

「隠れて生きよ」。

ギリシャ語で「ラテ・ビオーサス」。

「気づかれずに生きよ」とも訳される。


当時のアテネでは、政治に参加しない人間は「愚か者」と見なされた。

政治に関わり、名を残すことが、市民の義務だった。


エピクロスは、そこから逃げた。


政治にも、名声にも、権力にも、背を向けた。

アテネの郊外に「庭園」を作り、そこで暮らし始めた。


逃げた先で、何をしたか。


友人たちと語り合った。

哲学を話し、簡素な食事をとり、静かに生きた。


面白いのは、この庭園に集まった人たちだ。

当時のアテネでは考えられないことに、女性も奴隷も参加していた。

身分や性別に関係なく、対等に語り合う場所だった。


エピクロスは社会から「逃げた」のだろうか。


たぶん、違う。

彼は「間違った場所」から「正しい場所」へ移動した。


逃げたのではなく、向かった。

同じ行動でも、方向が違う。


役に立たない木

中国の思想家、荘子(そうし)。

紀元前4世紀の人だ。


荘子の本に、こんな話がある。


ある大工が、巨大な木を見つけた。

村の人たちが木陰で集まれるほど大きい。


でも、大工は素通りした。

弟子が聞いた。「あんなに立派な木なのに、なぜ無視するのですか」


大工は答えた。

「あの木は、使い物にならん」


舟を作れば沈む。棺にすれば腐る。柱にすれば虫が食う。

何の役にも立たない木だ。


その夜、木が大工の夢に現れた。


「私は長い間、役に立たないように努めてきた。これが私にとっての大いなる用なのだ」


果物のなる木は、枝を折られる。

材木になる木は、切り倒される。

「役に立つ」ことが、命を縮める。


役に立たないからこそ、あの木は巨大に育った。

誰にも切られず、何百年も生き延びた。


泥の中の亀

荘子にはもう一つ、有名な話がある。


ある日、楚の国の王が使者を送ってきた。

「荘子先生を宰相にお迎えしたい」


荘子は川辺で釣りをしていた。

振り返りもせず、こう言った。


「聞くが、楚の国に3,000年前の聖なる亀がいるそうだな。死んで、骨を絹に包まれて、神殿の祭壇に祀られている」

使者は答えた。「はい、そのとおりです」


荘子は聞いた。

「その亀は、死んで骨を祀られるのと、生きて泥の中で尾を引きずるのと、どちらがいいだろう」


「それは……生きて泥の中にいる方でしょう」


荘子は言った。

「帰れ。私はここで泥の中に尾を引きずっていたいのだ」


神殿の亀は死んでいる。

泥の亀は生きている。


出世と名声を手に入れた者は、「聖なる亀」になる。

死んで、飾られて、自由を失う。


荘子は泥を選んだ。


セネカの手紙

ローマの哲学者セネカにも、「逃げろ」と書いた手紙がある。


友人ルキリウスへの手紙。第22書簡だ。


セネカはこう書いた。

「背を向けて逃げるのではない。少しずつ、安全な場所へ後退するのだ」


一気に逃げろとは言っていない。

少しずつ。一歩ずつ。


そして、こうも書いた。

「奴隷状態に縛られている人は少ない。奴隷状態にしがみついている人の方が、はるかに多い」


重い言葉だ。


会社に縛られている、と思っている。

でも本当は、しがみついているのかもしれない。


環境が変えられない、と思っている。

でも本当は、手を離せないだけかもしれない。


同じ手紙の中で、セネカはエピクロスの言葉を引用している。

「急いで退却せよ。もっと強い力が来て、退く自由を奪う前に」


退く自由がある今のうちに、動け。


セネカとエピクロス。時代も場所も違う二人の哲学者が、同じことを言っていた。


ここまでの気づき

  • エピクロスは逃げたのではなく「正しい場所」に向かった。逃げることは「向かう」ことかもしれない
  • 荘子の「役に立たない木」は切られずに生き延びた。「有用」であることが命を縮めることがある
  • セネカは「しがみつくな」と書いた。縛られているのではなく、しがみついている

明日へ

歴史も哲学も、「逃げていい」と言っている。

じゃあ、なぜ逃げられないのか。

逃げた方がいいと分かっていても、動けない。

その「逃げられない仕組み」には、名前がある。

明日は、その話をしてみたい。