第2回: 手書きPOPと書店員の「推し」
本屋の魔法 ─ SNS以前、本はどう売れたのか②
本棚の前で、手書きのカードが目に入る。
「この本、泣けます」
「店長イチオシ!」
「3回読み返しました」
手書きのPOP。
あれは、誰が書いているのだろう。
書店員という「目利き」
手書きPOPを書いているのは、書店員だ。
毎日、大量の本に囲まれて働いている人たち。
新刊をチェックし、売れ筋を把握し、棚を整理する。
その中で、心を動かされた本がある。
「この本、もっと売れてほしい」
「読んだ人に、きっと響くはず」
そう思った本に、POPを書く。
有隣堂の梅原潤一という伝説
書店員のPOP文化を語る上で、避けて通れない人物がいる。
有隣堂の梅原潤一氏だ。
1987年に入社。
手書きのPOPで、数々のベストセラー・ロングセラーのきっかけを作り出した。
著書『書店ポップ術―グッドセラーはこうして生まれる』で、そのノウハウを解説している。
梅原氏のようなカリスマ書店員は、各地の書店にいた。
「この人がおすすめする本は、間違いない」
そう思われる存在。
なぜ「書店員のおすすめ」は信頼されたのか
ここで、一つの問いがある。
なぜ、書店員のおすすめは信頼されたのか。
考えてみると、書店員には「売りたい本」を売る動機がないわけではない。
出版社から依頼されることもある。
平積みする本は、営業の影響を受けることもある。
でも、手書きPOPは違った。
あれは、書店員が「自分の言葉で」「自分の意思で」書いているものだ。
誰かに頼まれて書いているわけではない。
その「利害関係のなさ」が、信頼の源泉だった。
1日200〜300冊の新刊
ここで、数字を見てみる。
出版統計によれば、日本では1日に約200〜300冊の新刊が刊行されている。
年間で約7万〜8万点(2020年代の実績)。
この中から、どの本を読めばいいのか。
読者は、途方に暮れる。
書店員のPOPは、その「フィルター」だった。
「この本は読む価値がある」
という、プロの選書眼。
本屋大賞の誕生
2004年、ある出来事が起きた。
「本屋大賞」の創設だ。
きっかけは、2003年の直木賞。
「受賞作なし」という結果だった。
出版不況が叫ばれる中、「書店員の声を形にできないか」という発想が生まれた。
本の雑誌社の営業担当、杉江由次氏らが実行委員会を立ち上げた。
書店員の投票で決まる賞
本屋大賞の特徴は、選考方法にある。
「新刊を扱う書店の書店員」が投票する。
「読者目線で、人に勧めたいかどうか」が選考基準。
芥川賞や直木賞は、選考委員が決める。
本屋大賞は、現場の書店員が決める。
この違いが、大きかった。
本屋大賞受賞作の売上
本屋大賞を受賞すると、本は売れる。
受賞作は、例外なくベストセラーになる。
50万部、100万部を超えることも珍しくない。
映像化との親和性も高い。
受賞作の多くが、映画やドラマになっている。
本屋大賞は、「書店員のおすすめ」を全国規模で可視化する仕組みだった。
POPとSNSの類似性
ここで、一つの気づきがある。
書店員のPOPは、今でいう「インフルエンサーの推薦」に似ている。
- 専門家ではないが、詳しい人
- 利害関係が薄い(広告ではない)
- 個人の言葉で語る
- 「これ、良かった」という素直な感想
SNS時代の「インフルエンサー」の原型が、書店員のPOPにあったのかもしれない。
ここまでの気づき
1. 書店員は「目利き」として信頼されていた 毎日大量の本に触れるプロの選書眼。
2. 本屋大賞は「書店員の声を可視化する」仕組みだった 現場の声を全国に届ける仕組み。
3. 「おすすめ」の信頼性は、利害関係のなさにあった 広告ではない、個人の言葉だから信頼された。
次回
書店員のPOPは、本の「現場」での魔法だった。
でも、本には、もう一つの「仕掛け」がある。
本そのものに付いている、あれだ。
帯。
「東大・京大で1番読まれた本」
この帯で、21年後に190万部売れた本がある。
次回: 帯と広告の「仕掛け」 ─ 出版社は「話題を作る」プロだった