第2回: マーケティングは第二次大戦後に生まれた
1945年、戦争が終わった
1945年8月15日。
第二次世界大戦が終わった。
米国国立公文書館の記録によると、アメリカでは約1,600万人が軍に従軍していた。その多くが、戦場から帰ってきた。
彼らは何を持ち帰ったか。
作戦計画の立て方。ロジスティクス。情報分析。組織の動かし方。
軍隊で叩き込まれたスキルだ。
そして、そのスキルを持った若者たちが、大量にビジネス界に流れ込んだ。
これが、現代マーケティングの始まりである。
「マーケティング」は100年前からあった
「マーケティング」という言葉自体は、1900年代初頭から存在していた。
マーケティング史研究によると、1902年頃にミシガン大学等で「マーケティング」に関する講座が開設されたとされる。
だが、当時のマーケティングは今と全く違う。
単なる「販売促進」だった。
「どう売るか」「どう宣伝するか」。それだけだった。
戦略もなければ、セグメンテーションもない。ターゲティングもポジショニングもない。
今のマーケティングとは、別物である。
戦後、何が変わったのか
1945年以降、マーケティングは劇的に変わった。
何が起きたか。
軍隊式の思考法がビジネスに持ち込まれた。
戦争中、アメリカ軍は巨大な組織を効率的に動かすための手法を開発した。
- オペレーションズ・リサーチ(OR):数学的に最適な作戦を導き出す
- ロジスティクス:物資を効率的に輸送する
- 情報分析:敵の動きを予測する
- 戦略計画:長期的な視点で作戦を立てる
これらはすべて、戦争に勝つために生まれたものだ。
そして、戦後、これらの手法がそのままビジネスに転用された。
顧客は「敵」になり、市場は「戦場」になった。
P&Gとブランドマネージャー制度
具体例を見てみよう。
P&G(プロクター・アンド・ギャンブル)。
今でも世界最大の消費財メーカーの一つだ。
P&Gは1931年にブランドマネージャー制度を導入した。一つのブランドに一人の責任者を置く仕組みだ。
だが、この制度が本格的に機能し始めたのは戦後だ。
なぜか。
戦場から帰ってきた元軍人たちが、P&Gに入社したからだ。
彼らは、軍隊で「一つの部隊に一人の指揮官」という原則を叩き込まれていた。
それをそのままビジネスに持ち込んだ。
ブランド=部隊。ブランドマネージャー=指揮官。
組織の構造からして、軍隊の模倣だったのである。
ハーバードとケーススタディ
ハーバード・ビジネス・スクール。
世界で最も有名なMBAプログラムだ。
ここで使われている「ケーススタディ」という教育手法。これも軍事起源だ。
第二次大戦中、アメリカ軍は大量の士官を育成する必要があった。
短期間で、実践的な判断力を身につけさせなければならない。
そこで生まれたのが、過去の戦闘事例を分析させる訓練手法だった。
「この状況で、あなたならどう判断するか?」
これがケーススタディの原型である。
戦後、この手法がビジネススクールに持ち込まれた。
「この市場状況で、あなたならどう判断するか?」
言葉が変わっただけで、構造は同じである。
ランチェスター戦略という証拠
日本のマーケティング界で有名な「ランチェスター戦略」。
これほど分かりやすい証拠はない。
ランチェスター戦略は、もともと航空戦の理論である。
フレデリック・ランチェスター。イギリスの航空工学者。
第一次世界大戦中、彼は「戦力比と損害の関係」を数学的に分析した。
- 弱者は局地戦で戦え
- 強者は広域戦で戦え
- 兵力を集中させよ
これが、1960年代に日本のコンサルタントによってマーケティング理論に翻訳された。
「弱者」は中小企業。「強者」は大企業。「兵力」は経営資源。
言葉を置き換えただけで、ロジックは航空戦そのままである。
日本への輸入
日本はどうだったか。
1950年代、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の指導のもと、アメリカ式経営が日本に輸入された。
デミングやジュラン(品質管理の専門家)が来日し、日本企業に教えを広めた。
「マーケティング」という概念も、このときに入ってきた。
軍事用語ごと、そのまま輸入された。
だから、日本人は気づかない。
「ターゲット」が狙撃の標的だと、考えたこともない。
「キャンペーン」が軍事作戦だと、知らないまま使っている。
翻訳されずに入ってきたからである。
意図的だった
ここまで読んできて、見えてくるものがある。
マーケティングに軍事用語が多いのは、偶然ではない。
意図的に持ち込まれた。
戦争で培った知識を、ビジネスに活かす。
それは合理的な判断だった。効率的だった。そして実際に成功した。
だが、同時に、ある思考のフレームも持ち込まれた。
「顧客は攻略すべき対象である」というフレームだ。
まとめ:3つの洞察
-
現代マーケティングは第二次大戦後に確立した
- 1945年以降、軍から戻った人材がビジネス界に流入した
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軍事用語は「意図的に」ビジネスに持ち込まれた
- 作戦計画、ロジスティクス、情報分析。全て軍事技術の転用だ
-
日本はその翻訳版を輸入した
- だから私たちは、軍事用語だと気づかないまま使っている
マーケティングは、戦争から生まれた学問である。
それ自体は事実として受け止めるしかない。
次回予告
では、なぜ70年以上経った今も、軍事用語を使い続けているのか。
誰も「おかしい」と言わないのはなぜか。
その構造を解き明かす。