第3回: なぜ顧客を「敵」と呼び続けたのか
70年間、誰も疑わなかった
マーケティング用語が軍事起源だということは分かった。
第二次大戦後に持ち込まれたことも分かった。
しかし、一つ疑問が残る。
なぜ70年以上経った今も、軍事用語を使い続けているのか?
誰も「おかしい」と言わないのはなぜだろうか。
「ターゲット」という言葉に、違和感を持たないのはなぜだろうか。
理由1:成功したから
最も単純な理由。
軍事的アプローチは、成功したからである。
1950年代から1980年代。日本もアメリカも、高度経済成長期だった。
大量生産、大量消費の時代。
企業が作れば、消費者が買う。作れば売れる。
この時代、「攻略型」のマーケティングは機能した。
ターゲットを定め、キャンペーンを打ち、市場を攻略する。
シンプルで、効果的だった。
成功体験があるから、変える理由がなかったのである。
理由2:分かりやすいから
軍事用語には、一つの大きなメリットがある。
分かりやすい。
「敵」と「味方」が明確になる。
「勝つ」か「負ける」かがはっきりしている。
組織を動かすとき、これは強力な武器になる。
「顧客を攻略しろ」
この指示は明確で、誰でも分かる。行動に移しやすい。
一方、「顧客と共創しよう」はどうか。
何をすればいいか、分かりにくい。
軍事用語は、組織を動かすのに便利だった。
だから使われ続けたのである。
理由3:男性中心の文化
もう一つ、見落としがちな理由がある。
ビジネスの世界は、長らく男性中心だったという事実もある。
戦後のビジネス界に流入したのは、主に元軍人の男性たちだった。
彼らにとって、軍事用語は馴染みのある言葉だった。
そして、軍事用語には「男らしさ」のイメージがあった。
「戦略家」と呼ばれることに、誇りを感じた。
「参謀」という称号に、憧れがあった。
軍事用語は、ビジネスマンのアイデンティティの一部になっていた。
だから、誰も変えようとしなかったのかもしれない。
理由4:代わりの言葉がない
そして、最も本質的な理由。
「ターゲット」に代わる言葉がない。
「お客様」では抽象的すぎる。
「顧客セグメント」では長すぎる。
「ペルソナ」は最近出てきたが、まだ定着していない。
一言で、ピタッと決まる代替語がない。
言語のロックイン効果である。
一度定着した言葉は、代替語がない限り、使われ続ける。
キーボードのQWERTY配列と同じである。
非効率だと分かっていても、変えられない。
全員が使っているからだ。
「敵」がいると便利だった
ここで、もう少し深く考えてみよう。
なぜ「敵」という概念が便利だったのか。
敵がいると、組織が一つになれるからである。
「競合に勝つ」という目標。
これは、社員全員を同じ方向に向かせる力がある。
共通の敵がいれば、内部の対立は後回しにできる。
営業と開発の対立も、「競合に勝つ」という大義の前では小さな問題になる。
敵は、組織をまとめる接着剤だったのである。
顧客も「敵」の一種だった
ここからが問題だ。
敵は競合だけではなかった。
無意識のうちに、顧客も「敵」になっていた。
「ターゲットを攻略する」
「顧客の心理的障壁を突破する」
「購買意欲を刺激する」
これらの言葉の裏には、ある前提がある。
顧客は、こちらの思い通りにならない存在である。
だから、「攻略」が必要になる。「突破」が必要になる。「刺激」が必要になる。
顧客は味方ではなく、コントロールすべき対象だった。
誰も気づかなかった
面白いのは、誰もこれを意識していなかったことだ。
「顧客第一主義」と言いながら、「ターゲットを攻略しろ」と言っていた。
「お客様は神様です」と言いながら、「市場を占領しよう」と言っていた。
言葉と行動の矛盾。
でも、誰も気づかなかった。
なぜか。
言葉があまりにも当たり前になっていたからである。
「ターゲット」が軍事用語だと、考えたこともなかった。
言葉は思考を規定する
ここで、改めて確認しておきたい。
言葉は思考を規定する。
「ターゲット」という言葉を使う限り、顧客は「標的」であり続ける。
「攻略」という言葉を使う限り、市場は「敵地」であり続ける。
「戦略」という言葉を使う限り、ビジネスは「戦争」であり続ける。
言葉を変えない限り、思考は変わらない。
まとめ:3つの洞察
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軍事用語は「成功したから」使い続けられた
- 高度経済成長期、攻略型マーケティングは機能した
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組織を動かすには「敵」がいると便利だった
- 共通の敵は、組織をまとめる接着剤だった
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代わりの言葉がなかった
- 言語のロックイン効果。一度定着した言葉は、変えにくい
問題は、誰も気づかないまま使い続けたことだ。
「顧客第一」と言いながら、「顧客を攻略しろ」と言う矛盾。
その矛盾に、誰も気づかなかった。
次回予告
しかし、時代は変わった。
SNSの登場で、顧客は「攻略される側」ではなくなった。
一方的に撃たれる「標的」ではなくなった。
顧客は反撃するようになった。
軍事的マーケティングが通用しなくなった時代。
その変化を見ていこう。