マレーシアに来て、1年が経った。
オフショア開発の拠点を立ち上げるために来た。安い賃金で開発を量産する——それが当初の計画だった。だが1年で、その前提は2つとも崩れた。AIが開発をほぼ代替し、円安で「安さ」の優位も消えた。 この記事は、その1年を振り返り、当事者として見えた「次の一手」を書いたものだ。

「安くない国」になったマレーシアで
正直に言えば、来た当初の計算はもう成り立っていない。
マレーシアリンギット/円のレートは、いま1リンギ約39円。過去1年で約14%上昇した(Investing.com MYR/JPY)。リンギ高、つまり円から見ればマレーシアは高くなった。現地通貨ベースの生活費は今も東京の半分以下だが、円で支払う側にとっての「割安感」は、確実に薄れている。
「安いから海外」で来た人間が、1年で「安くない国」と向き合うことになった。これは私個人の話ではない。円安が定着した今、海外をコストで選ぶという発想そのものが、もう古くなっている。
なぜマレーシアに来たのか — そして採用は崩れた
時計を巻き戻す。
私がマレーシアに拠点を構えたのは、日本からチームを迎え入れ、現地で開発を回すためだった。ビザ・住居・渡航費に数百万円を投じた。だがその採用体制は半年で崩壊した。生活環境のストレス、経営者とメンバーの温度差、想定外のコスト。海外スタートアップの不確実性を、身をもって経験した。
チームが抜けた後、進行中の全案件を私1人で巻き取った。さすがにきつかった。だがそこで、生成AIに本当に救われた。「便利なツール」だったClaude Codeが、「開発パートナー」に変わった瞬間だった。
この失敗が、いまの私の体制の出発点になっている。人に依存した計画は、海外では国内の何倍も脆い。 だから軌道に乗るまではAIと仕組みで回す。それが採用崩壊から得た結論だった。
データが裏付ける「安さの終わり」
感傷ではなく、数字で確認する。私の体感は、業界全体の構造変化と一致していた。

| 指標 | 変化 | 意味 |
|---|---|---|
| MYR/JPY 為替 | 1年で約14%上昇 | 円から見たマレーシアの割高化 |
| オフショアの動機 | コスト削減→人材リソース確保 | 「安さ」が一番の理由でなくなった |
| AI開発ツール単価 | Devin 月20ドルまで下落 | ベトナムPG単価との差は約130倍 |
オフショア開発の最大の動機は、2023年以降「コスト削減」から「人材リソース確保」へ移った(CIO)。背景は明快だ。日本のIT人材不足は2030年に最大79万人に達すると経産省が試算しており、そこへ円安が重なって、コスト削減効果が消えた。
決定的なのはAIだ。AIソフトウェアエンジニア「Devin」は月20ドルまで値下がりし、ベトナムのプログラマ単価(月約39万円)との差は約130倍に開いた。ChatGPT登場後1年でジュニア開発者の求人比率は16.3%減ったとも報告されている(Zenn・オフショアの再定義)。「安い労働力で開発を量産する」というモデルは、AIが直接削りにきている。
オフショアは「オワコン」ではない、再定義だ
ここで多くの人が「だからオフショアは終わり」と結論づける。私はそうは思わない。 世間の指摘は事実だ。ただし、消えるのは「量で稼ぐ」部分だけだ。
人間に残る価値は、むしろAI時代に際立つ。

- 組み合わせ力:OSS・SaaS・AIツールを最適に組み合わせ、顧客の課題を解く仕組みを設計する
- 創出力:市場にない独自技術を生み出す。AIが量産できないものを作る
- 統制力:AIの出力を本番品質に磨き、ガバナンスを設計する。「動くコード」と「正しいコード」は別物だ
これは私が提唱するPMBOK-AIの核心そのものだ。AIは優秀なツールだが、判断の主体にはなれない。 残るのは、定義し、判断し、統制する人間の役割だ。
抽象論で終わらせない。私はマレーシア向けのSaaSを、PM1人×AIで1ヶ月に209画面実装した。約800機能、75テーブル、Claude Codeのターン数は4000を超えた。組織化されたFDEチームの出力に、1人で並べた。アプローチは違うが、解いている問題は同じだ——AIにできない部分を、人間が埋めることだ。私はこれをPM起点のFDEとして実践している。
この1年で、見えたこと
ここまでは「数字で説明できる話」だ。だが、私の迷いを生んだのは数字ではなかった。人だった。
いまお世話になっている会社の社長には、人望がある。そしてその周りに集まる人たちは、お金ではない価値提供や、日系企業のサポートに尽力している人ばかりだった。私はそれに、強く感化された。
みな、いい人だった。各々が自律して会社経営をしながら、助け合い、協力し合う。日本では、こういう感覚をあまり味わえなかった。 競争よりも前に、協力がある。忙しくても、私はいまの環境が自分に合っていると思っている。
皮肉な話だ。安い賃金で開発を量産するつもりで来て、その目的はAIと円安に奪われた。なのに、当初まったく計算に入れていなかった「人との出会い」が、私をこの土地に留めている。
そしてこの出会いが、新しい迷いを生んだ。「安さ」が理由でなくなった今、自分はマレーシアで何をして、どう活躍すべきなのか。 これは後ろ向きの迷いではない。選択肢が広がったことによる、前向きな問いだ。
マレーシアの価値は「安い労働力」から「AIハブ」へ
迷いながら周りを見渡すと、マレーシアという国自体の価値も、私と同じように転換していた。
もう「安い労働力の供給地」ではない。いま起きているのは、AIハブへの変貌だ。
- ジョホールが東南アジア最速のデータセンター集積地になり、2030年にはマレーシアの容量の60%を占める見込み(BERNAMA)
- TM Nxera(約90億リンギ)、AirTrunk(約120億リンギ)、YTL×Nvidia(23.6億ドル)が相次いで投資
- 政府はBudget 2026で、AI強化に59億リンギを配分
- デジタル経済の市場規模は2019年の2,900億リンギから2024年に4,602億リンギへ拡大(JETRO)
人材市場も変わった。2026年6月以降、就労ビザ(Employment Pass)の給与要件は約2倍に引き上げられた。単純な人員としての価値は下がり、高度人材の価値が上がる構造になっている。一方で日系進出企業の63.5%が人材不足に直面している。安い人手ではなく、専門性と橋渡しができる人材が、いま求められている。
自分の答え — ブリッジ役へ軸足を移す
1年の迷いの末に、いまの私の答えはこうだ。安い労働力の調達者から、日本とマレーシアをつなぐブリッジ役へ、軸足を移す。

具体的に力を入れたいのは、次の4つだ。
- 現地日系企業のAI内製化支援:マレーシア進出日系企業の業務に現地でFDE的に入り込み、AIで内製化する
- 日本⇄マレーシアの案件・人材ブリッジ:両国のAI人材・案件をつなぐ。日本のIT人材79万人不足の、橋渡しになる
- AIハブと日本の接続:ジョホールのデータセンターやスタートアップと、日本企業をつなぐ
- PMBOK-AIの現地展開・教育:AI社員の手法を現地で教育・実装し、多言語人材と組んで広げる
この4つに共通するのは、「安さ」ではなく「つなぐこと」に価値の源泉を移している点だ。日本語と業務理解、そしてAI実装力。この3つを併せ持つ人間は、日本にもマレーシアにも多くない。だからこそ、ここに私が立つ意味がある。
1人社長からAIチーム体制へ移行した経験は、そのまま海外でも通用する。人に依存せずAIと仕組みで動ける体制があるからこそ、私は身軽にブリッジ役を担える。
まとめ:安さの終わりは、好機だ
3つに整理する。
- 「安さで海外」の時代は終わった。 円安とAIで、コストを理由に海外を選ぶ前提は崩れた。これは事実として受け入れるべきだ
- オフショアはオワコンではなく、再定義だ。 消えるのは量で稼ぐ部分だけ。残るのは組み合わせ・創出・統制という、人間にしかできない仕事だ
- 価値の源泉は「安さ」から「つなぐこと」へ。 マレーシアはAIハブへ変わり、求められる人材も変わった。日本人としての橋渡しに、新しい活躍の場がある
正直に言えば、私の迷いはまだ完全には晴れていない。だが方向は見えた。安さを失った代わりに、お金では測れない出会いと、AI時代の新しい役割を得た。安さの終わりは、喪失ではなく好機だった。
海外×AI時代の身の振り方に迷う人へ。コストではなく、人・市場・学びで拠点を選ぶ時代が来ている。
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