「アンテナを屋内につけるだけでしょ?」
この一言を、何度聞いたかわからない。
クライアントも、社内の上層部も、現場を知らない人間は皆そう言う。しかし、「つけるだけ」の裏には法令15本以上、8フェーズ、数百の工程が隠れている。 そして、その工程の1つが止まるだけで、すべてが連鎖的に崩れる。
通信インフラの現場に20年いて確信したことがある。プロジェクトを止めることが、最大の悪だ。

「つけるだけ」の正体
屋内にアンテナを1本設置する。たったそれだけの作業に、以下のフェーズが必要になる。
- 企画・調査 — 市場調査、物件調査、電波測定、伝搬シミュレーション、投資効果分析
- 交渉・契約 — オーナー交渉、賃貸借契約、電気供給契約、NDA
- 設計 — 無線設計、電気設備設計、構造計算、防災設備設計
- 申請・許認可 — 総務省への無線局免許申請、消防届出、建築関連申請、道路使用許可
- 工事 — 施工計画、墨出し、機器設置、配線、電源、防火措置、復旧
- 検査・試験 — 自主検査、無線検査、エリア検証、法定検査
- 竣工・引渡し — 竣工図書作成、社内検収、対オーナー検収
- 運用・保守 — 監視設定、定期点検、障害対応、法定検査対応
8フェーズ。 1局あたりだ。
そして、この工程のすべてに法令が絡む。
法令15本以上という現実
「アンテナをつけるだけ」に関わる法令を並べると、知らない人は驚く。
電波関連 — 電波法、電気通信事業法、有線電気通信法
建築関連 — 建築基準法(耐震設計・防火区画・内装制限)、建設業法、建設リサイクル法
消防関連 — 消防法(スプリンクラー離隔、避難経路、防火区画貫通処理)
電気関連 — 電気設備技術基準、電気用品安全法(PSE)
労務・安全関連 — 労働安全衛生法、労働基準法、石綿障害予防規則
その他 — 道路交通法、騒音規制法、振動規制法、廃棄物処理法
15本以上。 しかもこれは標準的なケースだ。建物の用途や自治体の条例によってさらに増える。
天井裏を開ければアスベストの有無を確認する。防火区画を貫通すれば国交省認定工法で耐火処理する。道路に工事車両を停めれば道路使用許可を取る。1つの判断ミスが法令違反になり、工事がすべて止まる。
これが「つけるだけ」の正体だ。
管理の限界——Excelも、DXも追いつかない
かつて基地局は数千局だった。Excelで管理できた。担当者の頭の中に全局の状況が入っていた。
しかし、4G・5Gの展開で基地局は数万、数十万に膨れ上がった。Excelは破綻した。 部署ごとに違うExcelで管理し、部署間の同期はVBAマクロ。工程変更があるたびに手動で全シートを更新し、誰かが忘れればデータ不整合が起きる。数千局なら回った。数十万局では、もう人間の手作業では追いつかない。
「クラウドを入れればいい」——DXの掛け声でクラウドサービスが導入された。しかし、現場は変わらなかった。既存のルールを変えないまま、新しいシステムを上に乗せたからだ。 レガシーは残ったまま。新システムとの間をVBAやCSV変換ツールで繋ぐ。取引先は「うちはExcelで」と言う。
結果、DX前よりも複雑になった。 クラウドとレガシーの共存、データ変換ツールの保守、不整合の調査——DXが目的化して、業務の単純化という本質が見失われている。
承認1ヶ月、リスケ連鎖——「止まる構造」の正体
基地局建設で一番コストがかかるのは工事費だ。材料費を除いても、国交省の工数積算を参照すれば数百万から数千万。指定工事会社を使えば億を超えることもある。
だから承認に時間がかかる。 しかも、遅い理由は怠慢ではない。
たとえば、天井に設置したアンテナが落下して人に当たったらどうなるか。設計根拠は適切だったか、施工手順に問題はなかったか、承認者は何を確認して判を押したのか——過失責任が問われる。 だから知識がある人ほど慎重になる。「わかっているから早く判を押せる」ではなく、「わかっているからこそ簡単には押せない」。これが現実だ。
金額に応じて役職ごとの承認権限がある。数千万の案件なら部長決裁、億を超えれば役員決裁。見積もり根拠の説明資料を作り、質疑応答に答え、修正して再提出する。承認だけで1ヶ月以上かかるケースがざらにある。
納期が迫ってくると暫定処置で前倒しを試みるが、それはそれで別の承認フローと追加資料が必要になる。早くするために、さらに遅くなる。
会議調整も同様だ。「来週の火曜なら空いてます」。今日決められることを、2週間後に再度協議する。関係者の都合が合わずリスケ。リスケした結果、工事調整をやり直す。業者に連絡する。オーナーに連絡する。資材調達を再手配する。
1つの遅延が、全工程に波及する。
これがリスケ連鎖だ。目に見えないが、確実にコストが積み上がっていく。タイム・イズ・マネーとはよく言うが、通信インフラの現場では文字通りだ。止まっている時間そのものが、最も高いコストになる。

部署間の壁——最大の連携コスト
法令の複雑さよりも、承認の遅さよりも、実は一番のボトルネックがある。
部署間の連携コストだ。
通信インフラの建設には、最低でもこれだけの部署が関わる。
- エリア計画部門(どこに建てるか)
- 用地交渉部門(オーナーとの契約)
- 設計部門(無線設計・構造設計)
- 申請部門(法令対応・行政届出)
- 建設部門(工事管理・施工管理)
- 品質管理部門(検査・試験)
- 調達部門(資材・業者手配)
- 経理部門(予算承認・支払い)
- 運用部門(商用開始後の監視・保守)
9部門以上。 大規模プロジェクトでは10を超える。
各部署がそれぞれのExcelで工程を管理している。部署間の同期はメールとマクロ。ある部署が工程を変更しても、他部署への伝達は翌週の定例会議。その1週間のタイムラグが、リスケ連鎖の起点になる。
部署間調整の会議を設定するだけで1週間。議事録を回覧して承認を得るのに2週間。「調整すること」自体がプロジェクトの工数になっている。

根回しは「政治」ではなく「工程管理」
前の記事で、根回しなしで突っ走って怒られた話を書いた。「勝手に行動するな」「窓口を飛ばすな」と。
あの経験から学んだのは、根回しは政治ではなく工程管理だということだ。
部署間の合意を事前に取っておく。関係者の懸念を先に潰しておく。決裁者のスケジュールを押さえておく。これは「気を遣う」話ではなく、クリティカルパスを短縮するための技術だ。
根回しをしないと、会議の場で初めて反対意見が出て、持ち帰り検討になり、次の会議は2週間後になる。根回しをしておけば、会議は確認の場になり、その場で決まる。
結果的に、根回しをした方がプロジェクトは速く進む。
ただし、前提がある。使えないものや意味のないものは提案しない。 金額ありきの提案もしない。現場の業務を理解したうえで、本当に必要なものだけを持っていく。だから関係者が「これなら」と乗ってくれる。
多機能すぎるシステムを上層部や役員が入れたがることがある。しかし、現場に合わないものは現場が使わない。フェーズを区切って段階的に導入し、各クライアントの実務に合わせて調整する。この「使えないものは切る」判断が、根回しの信頼につながる。
トランプでも即日26本——スピードは「準備の量」で決まる
2025年1月20日、トランプ大統領は就任初日に26本以上の大統領令に署名した。歴代大統領と比較しても異例のスピードと数だ。就任式が終わるや否や、議会の議事堂内で次々と署名を行った。
これは衝動的な行動ではない。就任前から入念に準備してきた結果だ。
事前に政策の優先順位を決め、法的な整合性を確認し、署名できる状態まで仕上げておいた。だから初日に26本出せた。
スピードとは、準備の量のことだ。
大手企業の社内フローが遅いのは、プロセスが多いからではない。準備が足りないまま会議に臨み、その場で初めて問題が発覚し、持ち帰りになるからだ。 根回しも事前レビューも、すべて「準備」だ。準備が十分なら承認は確認作業になり、不十分なら検討会議になる。同じ承認フローでも、所要時間は準備の質で10倍変わる。
20年の現場から、2つのプラットフォームへ
私は通信業界で20年以上働いてきた。現場6年、技術6年、管理6年。たたき上げだ。
営業メンバーも技術メンバーも、全員が通信業界20年以上の経験を持つチームを組んでいる。提案内容が大きくブレることはない。各クライアントと協議やPOCを実施しながら、物件調査から運用・保守まで一気通貫で業務最適化を進めている。
この経験から、2つのプラットフォームを開発している。
1. 通信インフラ向け業務最適化プラットフォーム
通信事業者の建設・運用プロセスに特化したプラットフォームだ。8フェーズ・数百工程を一気通貫で管理し、法令対応の漏れを防ぎ、承認フローを効率化する。
Excelのバケツリレーを終わらせるために作っている。
2. 部署間連携に特化した工程プラットフォーム
通信インフラに限らず、部署間の連携コストそのものを解決するプラットフォームだ。
9部門以上が横断するプロジェクトで、各部署の工程変更がリアルタイムに共有され、承認のボトルネックが可視化され、リスケ連鎖が起きる前にアラートが上がる。
20年間、部署間の壁に苦しんできた経験がそのままプロダクトの設計思想になっている。
どちらも、**「どの企業に行っても同じ課題がある」**という確信から生まれた。部署間の情報断絶、承認の遅さ、Excel依存、リスケ連鎖。会社が違っても、構造は同じだ。

まとめ:止まる時間が、一番高い
通信インフラの現場では、止まる時間そのものが最大のコストだ。
1局建てるのに法令15本以上、8フェーズ、9部門以上が関わる。この複雑さは減らせない。法令は守るものだし、品質は担保するものだ。
変えられるのは、「止まる時間」だ。
- 承認を待つ1ヶ月を、準備と根回しで1週間にする
- 部署間の同期ラグを、リアルタイム共有でゼロにする
- リスケ連鎖を、早期アラートで未然に防ぐ
- Excelのバケツリレーを、一元管理に置き換える
私たちの改善案がどのくらいのコスト削減や品質向上につながるか、正直まだわからない部分もある。しかし、日々考えながら動いている。止まるよりは、動きながら直す方がいい。 それが20年の現場で学んだことだ。
プロジェクトを止めるな。止まる時間が、一番高い。
「現場に行け」という原体験については現場に行け|机上の完璧より現場の60点が勝つ理由と2つの実例で詳しく書いています。意思決定スピードについてはシンプルにする|大企業30日 vs 即日実行の15倍のスピード差もあわせてどうぞ。
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