#16分

AIを入れたのに、議事録と資料作成で止まる

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AIを入れたのに、議事録と資料作成で止まる

AI を導入した会社に、いま何ができるようになったかを聞くと、返ってくる答えはだいたい同じです。

議事録の要約。資料のたたき台。メールの下書き。

どれも役に立っています。ただ、導入前に期待していたのは、たぶんそこではなかったはずです。

数字の上でも、そこで止まっている

Deloitte の調査では、agentic AI を探索中の組織が30%、パイロット中が38%ある一方、 導入準備が整ったものは14%、実際に本番稼働しているものは11%にとどまります。

パイロットは動く。本番には届かない。この差がどこから来るのか、という話です。

Gartner は、AIレディなデータに支えられていない AI プロジェクトについて、 2026年までに6割が放棄されると予測しています。 ここで注意したいのは、これが「AI導入全体の6割」ではないことです。 母集団は「AIレディなデータに支えられていないプロジェクト」に限られます。

原因として名指しされているのが、モデルの性能ではなくデータの側だ、という点は共通しています。

現場で実際に起きていること

筆者が要件定義から納品まで関わったプロジェクトは5件あります。 いずれも大手で、業種は建設と通信。5件すべてに CDO 相当の役職か専任部署が置かれていました。

その5件で、同じ形が出ました。

  • クラウドストレージに Excel・請求書・工程表を格納する
  • 格納したファイルを、一件ずつダウンロードする
  • 一件ずつ帳票に日付を入れて確認する
  • 業務システムは導入されている
  • しかし、そこへ一括投入するための Excel が別に作られている
  • 申請書は Excel で書き、システムにはアップロードする

そして5件のうち、一つのシステムで業務が完結していた現場は一件もありませんでした。

n は5です。これで日本全体は語れません。 ただ、業種も企業も違う5件で、まったく同じ形が出たという事実は残ります。

なぜこうなるのか

機序は一定しています。

システムを導入する → 一件ずつの入力が煩雑 → 使われなくなる → 一括投入用の Excel を作る → Excel が実質の正データになる → システムは記録置き場に降格する

出発点は「入力が煩雑」という、ごく小さな不満です。 1件あたり数分の差でも、月に数百件あれば数十時間になります。 現場がまとめて入れる方法を探すのは、合理的な判断です。

問題は、その表がシステムより先に更新されるようになることです。 最新の情報は Excel にあり、システムはあとから流し込まれる。 この時点で、どちらが正データかが逆転しています。

だから周辺の作業しか任せられない

ここまで来ると、話がつながります。

AI をシステム側に接続しても、正データはそこにありません。 素データは1次加工・2次加工を経て初めて業務で使える形になり、 その加工をしているのは Excel で、加工の判断基準は担当者の頭の中にあります。

本丸のデータに触れられないので、周辺の作業しか任せられない。 議事録と資料作成で止まるのは、AI の性能の問題ではありませんでした。

これは日本の中小企業だけの話ではない

規模を大きくすれば解決する、という話でもありません。

2015年、ある中国の巨大IT企業が数百万の出品者を横断する大規模なデータ基盤を構築し、 データ基盤整備の象徴的な事例として広く知られました。 2023年、同社はこの体制を再編し、8年運用した基盤を事実上畳んでいます。 中国の業界では「建てたが使われない(建而不用)」という言葉で、同種の問題が今も語られています。

査読を経た実証もあります。 高リスク領域で AI を実装する実務者53名への調査では、 データに起因して下流に連鎖する障害を 92%が1件以上、45.3%が2件以上経験していたと報告されています。 論文の題は「誰もがモデルの仕事をしたがる。データの仕事ではなく」です。

持ち帰り

一つだけ確かめてみてください。

その業務の正しいデータは、いまどこにありますか。

答えが「システムです」なら、もう一段だけ聞きます。 その数字は、システムから直接出していますか。それとも、いったん Excel に出してから作っていますか。

後者なら、AI をシステムに繋いでも本丸には届きません。


詳しくは:『AIレディ』第1章・第3章

出典

  • Lack of AI-Ready Data Puts AI Projects at Risk(Gartner, 2025-02-26)
  • 2025 Emerging Technology Trends(Deloitte)
  • Sambasivan et al., "Everyone wants to do the model work, not the data work": Data Cascades in High-Stakes AI(CHI 2021)
  • 中国の大規模データ基盤の再編(2023年)、「建而不用」:中国語の公開記事による
  • 大手5件の現場観察(建設・通信、筆者が要件定義から納品まで関与)。n=5 であり一般化はできない