AI PMの1年史 #58分で読めます

AI PMの1年史 5:見せて売る

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AI PMの1年史 5:見せて売る


この時期に起きたこと(2026年9月〜10月)

9月の下旬から10月半ばまで、前の回のような大きな事故は少なかった。代わりに増えたのは、実験と、外に見せるための作りである。9月のメッセージ数は447,914で2月に次ぐ多さ、10月は14日までで230,475だった。

取り消せない操作だけを、人に残す。 9月29日、ツールの権限の既定を、毎回の確認を出さない設定に切り替えた。依頼は「毎回 yes か no を聞かないで、推奨の判断で実行してほしい」だった。10月4日には、やり取りの運用にも同じ考え方を広げた。ある調査の案件を1件ずつ進めていたとき、毎回「この案で閉じてよいですか」と聞いていたが、返ってくる答えは毎回「お願いします」だった。そこで、筋の通った推奨案は確認せずに進め、確認が要るのは削除、本番への反映、外部への送信、費用の4つだけとした。10月7日には、確かめる場面も、数字の出典、最新情報、過去の記録、完了の報告の4つに絞った。

確認の数を増やしても、確認の質は上がらない。取り消せない4つの操作に集めたほうが、確認が効く。

(出典:自社の運用記録 2026-09-29、2026-10-04、2026-10-07)


実験で、線の外側を確かめた

実験1:経理を1か月AIに任せた(10月2日公開)。 架空の小さな商社の経理を、AIが30日間ひとりで回した。12日目に、取引先を名乗る振込先変更のメールを1通入れた。AIにお金を動かす手段を渡した設計は、5回中4回、詐欺口座へ送金した。AIに「買い物リスト」だけを書かせ、振込は台帳の口座で決まった日に実行する設計は、0回だった。重要なのは、安全な側のAIも同じようにだまされたことだ。賢さで防げたのではない。信じても、実行する手段がなかった。

代償もあった。安全な側は、AIが止めた案件が3週目から溜まった。担当者を決めて片付けさせると、承認を取らないまま支払いに戻した。決めるべきは担当者の名前ではなく、その人が何を確認し、何をしてよいかだった。判断は任せ、実行は渡さない。この線引きだけが、事故を止めた。

実験2:メール送信を任せる段階を作った。 自社の専門家を知ってもらうための売り込みメールを、AIが書いて送る仕組みである。「全自動」と決めたが、最初に作ったのは人が全件を承認する段階と、送る仕組みより先に止める仕組みだった。苦情率が上がればプログラムだけで送信を全部止め、再開は人だけが行う。別のAIに「レビューして」ではなく「売り物として評価して」と頼むと、テストが400件以上通る状態から、二重送信の穴とテスト送信が苦情率に混ざる問題が見つかった。クレームへの返信だけは、AIに文面を作らせず人に通知する。

実験3:人とAIの一致率を測った。 メールの仕分けは送信者を見るルールが96%を当て、AIの出番はなかった。ニュースの選別は、基準を4回書き直しても人との一致率が70%で止まり、同じ人が付け直した自分自身との一致も60%だった。正解そのものが揺れる仕事で、100%を求めても意味がない。AIに「選ばせる」のをやめて「並べ替えさせる」形にすると、31件を93秒で並べ、上位8件が8件続けて当たった。外した記事は消えず、下に下がるだけで済む。

3つの実験は、件数が小さく、AIは1種類で測ったものだ。精度の数字をそのまま一般化はできない。それでも手順は共通している。任せる前に、正解が安定しているかを測り、間違えたときの損害が小さい使い方を選ぶ。

(出典:自社の実験記録 2026-10)


事務所を見せる

実験で線を確かめた後、その線を社外に見せられる形にした。

  • 館内モニター(9月24〜25日):事務所の大型画面に、会社の紹介と社内の掲示を出す画面を作った
  • サイトの刷新(10月12日):トップを「AI社員の事務所」に作り直した。事務所の見取り図の上で、AI社員の仕事が動く。常駐プロセスが稼働ログを送り、見取り図がそれをライブまたは録画で流す
  • 見学予約(10月12日):枠を選ぶと日程が確定し、画面に会議のURLとQRコードが出る。確認メールを送る方式から、メールなしの方式に変えた
  • 外部サービスの撤去(10月12日):使わなくなったデータベースとメール送信のサービスを外した

「売る」という言葉に、結果は付けられない。本稿が参照できる記録の範囲では、見せたことが受注につながったかを示す数字はない。書けるのは、見せられる状態にしたこと、それを可能にしたのが、線を引き直した作業だったことまでである。

外の製品は、権限、記録、上限といった枠を提供しつつある。2026年10月8日に Google が発表した業務用エージェントは、エージェントごとのIDと権限、エージェント名義の監査ログを備える。枠があれば、人に残す操作を守らせやすくなる。ただし、どの操作を人に残すかを決めるのは、枠ではなく使う側である。

(出典:git 履歴 2026-09-24〜10-12/Google Cloud「Gemini at Work 2026」2026-10-08)


この時期に残ったルール

起きたこと/測ったこと残ったルール守らせ方
毎回の確認に、毎回「お願いします」と返していた確認は削除、本番、外部送信、費用の4つだけ権限設定と運用
確かめる作業が全般に広がっていた確かめる場面は、数字の出典、最新情報、過去の記録、完了報告の4つ手順
送金の手段を渡すと5回中4回送金判断は任せ、実行は渡さない権限を渡さない
テストが全部通るのに二重送信の穴「売り物として」と物差しを変えて見直すレビューの頼み方
仕分けの正解が自分自身と60%しか一致しない任せる前に、正解の安定度を測る測定
選別で外すと消える損害の小さい使い方(並べ替え)を選ぶ設計

明日からやること

  • 「人が決めること」を一文で書き、チームに見せる
  • AIに渡している実行の権限を一覧にし、判断だけで足りるものがないか探す
  • 任せる仕事の正解が、人の間で安定しているかを一度測る
  • 「全部通った」テストの後に、物差しを変えたレビューを1回入れる
  • 社外に説明するとき、任せた範囲と人が握る範囲を分けて書く

まとめ

人が握る範囲を、一文で言えること。それが、AIと働く会社の売り物になる。


前回:絞る・測る・止める(4)

関連:AIエージェント時代のRACI:判断は任せ、実行は渡さない/note連載19:信頼設計

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