AI導入の効果を説明できない会社は、二度目の投資が通らない
AI導入の効果を説明できない会社は、二度目の投資が通らない
現場は楽になった。なのに、次が出ない
AIを入れて、現場の手応えは悪くない。担当者は「前より早くなった」と言う。文句も出ていない。
それなのに、次の予算の話になると急に進まなくなる。
決裁の場でこう聞かれる。「で、どれくらい効果があったの」。答えは、たいてい「かなり楽になりました」あたりに落ち着く。その場は頷いてもらえる。でも、稟議は通らない。
これは効果が出ていない会社に起きることではない。効果が出ているのに、それが感想の形でしか残っていない会社に起きることだ。
一度目と二度目では、通し方が違う
最初の導入は、わりと通る。
新しいものへの期待がある。「まず試してみよう」で予算が付く。金額も小さい。反対する理由も、まだ誰も持っていない。一度目は熱意で通る。
二度目は、そうはいかない。
一度目にいくら使ったかを、経理も上長も覚えている。今度は「前回どうだったのか」から始まる。ここで感想しか出せないと、話は前に進まない。二度目は数字でしか通らない。
つまり効果測定は、成果を誇るための作業ではない。次を通すための作業だ。目的が違えば、測るべきものも変わってくる。
測っていないと、何が起きるか
効果を測っていない状態で起きるのは、「評価されない」ことではない。もっと厄介なことが起きる。
印象の綱引きになる。
導入を推した人は「効果があった」と言う。乗り気でなかった人は「そこまで変わっていない」と言う。どちらも嘘をついていない。見ている場所が違うだけだ。
そして数字がない議論では、声の大きい人か、立場が上の人の印象が結論になる。
さらに面倒なのは、時間が経つほど不利になる点だ。導入直後の「速くなった」という実感は、三ヶ月もすれば当たり前になる。当たり前になったものは、効果として思い出してもらえない。測っていない効果は、静かに無かったことになる。
「効果がなかった」ではなく「分からなかった」
ここを取り違えると、次の判断まで狂う。
効果を説明できずに止まったプロジェクトは、社内では「効果がなかった案件」として記憶される。実際には、効果があったかどうかが分からなかっただけだ。
この誤解が残ると、次にAIの話を持ち出したとき、「前もやったけど駄目だったよね」という前例として使われる。一度目の失敗は、金額以上の負債になる。
だから、測るのは成果を主張したいからではない。判断を誤らせないためだ。効いていないなら早く止めたほうがいいし、効いているなら続けたほうがいい。どちらの判断にも、数字がいる。
まとめ:3つの洞察
-
一度目は熱意、二度目は数字
- 最初の導入は期待で通る。二度目は必ず「前回どうだったか」から始まる。ここで感想しか出せないと止まる
-
測らないと、印象の綱引きになる
- 数字のない議論では、声の大きさや立場が結論を決める。しかも実感は三ヶ月で当たり前に変わり、思い出してもらえなくなる
-
効果測定は、判断を誤らせないための作業
- 説明できなかった案件は「効果がなかった案件」として記憶され、次の提案の前例にされる。続けるにも止めるにも数字がいる
次回予告
では数字を出せばいいのかというと、それも簡単ではない。
「月20時間削減しました」と報告して、決裁者の顔が曇る。そんな場面がある。次回は、出した数字が信じてもらえない理由を扱う。前後比較には、思っているより落とし穴が多い。
💬 社内で「効果があった」と言い切れない取り組み、心当たりはありますか?コメントで教えてください。
