「月20時間削減」が信じてもらえない理由 ─ 前後比較の落とし穴
「月20時間削減」が信じてもらえない理由 ─ 前後比較の落とし穴
数字を出したのに、空気が変わらない
効果を聞かれたので、今度はきちんと数字を用意する。「この業務で、月20時間の削減です」。
ところが、場の空気が変わらない。決裁者は頷きながら、こう言う。「それ、どうやって出した数字なの」。
ここで詰まる。答えられないわけではない。担当者に聞いて、感覚で足し合わせた数字だ。嘘ではない。でも、そう説明した瞬間に、数字は感想に戻ってしまう。
前後比較は、いちばん自然な測り方であると同時に、いちばん突っ込まれやすい測り方でもある。
落とし穴① 導入前の数字が、そもそも無い
前後比較には、当然ながら「前」がいる。
ところが多くの現場で、導入前の作業時間は記録されていない。誰も測っていなかったからだ。測る必要がなかったのだから、当たり前ではある。
すると何が起きるか。導入後に、記憶をたどって「前」を作ることになる。
「前はだいたい1件30分くらいでしたね」。この30分には、うまくいかなかった日の記憶も、例外処理に手こずった日の記憶も、たいてい入っていない。人は平均ではなく、典型例を思い出す。
しかも、導入を進めた本人が思い出す。悪気なく、改善幅は大きめに出る。
落とし穴② 比べている期間の条件が違う
「前」の数字が残っていたとしても、まだ安心できない。
3月と8月では、扱う件数が違う。人員配置が違う。同じ時期に別の業務改善が走っていたかもしれない。組織変更で担当者が変わっていたかもしれない。
前後比較は「AIを入れた」以外の条件が同じであることを暗黙の前提にしている。ところが現実の職場で、条件が揃っている期間はほとんど無い。
だから決裁者の「本当にAIのおかげ?」という問いは、意地悪ではない。構造的に正しい疑問だ。
落とし穴③ 削減幅が、自己申告になっている
3つ目がいちばん根深い。
削減時間を答えるのは、たいていその業務の担当者だ。そして担当者は、導入がうまくいってほしいと思っている。あるいは逆に、自分の仕事が減ったと言いたくない事情があるかもしれない。
どちらに転んでも、申告する人の立場が数字に混ざる。
これは誠実さの問題ではない。「30分が10分になりました」と言うとき、その10分をストップウォッチで測った人は、まずいない。
対処:比較の土俵を、先に決めておく
3つとも、導入後に頑張っても直らない。直せるのは、始める前だけだ。
やることは3つに絞れる。
- 導入前に、2週間でいいから記録を取る ─ 完璧でなくていい。1件ごとの開始と終了だけでも、記憶より遥かに強い
- 比べる条件を書き出しておく ─ 対象業務、期間、件数、担当者。後から「条件が違う」と言われる余地を先に潰す
- 申告ではなく、残る記録から拾う ─ システムの更新時刻、メールの送信時刻、チケットのクローズ時刻。誰かが答えなくても勝手に溜まっているものを使う
3つ目が特に効く。人に聞いて集める数字は立場が混ざるが、操作した瞬間に自動で残る記録には、立場が混ざらない。
まとめ:3つの洞察
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「前」は、たいてい記録されていない
- 後から記憶で作った数字は典型例に寄る。悪気なく改善幅が大きめに出る
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条件が揃っている期間は、現実にはほとんど無い
- 件数も人員も他の施策も動いている。「本当にAIのおかげか」は構造的に正しい疑問
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申告ではなく、勝手に残る記録から拾う
- 更新時刻、送信時刻、クローズ時刻。人が答えなくても溜まるものには、立場が混ざらない
次回予告
ここまでは「測り方が甘い」という話だった。次回はもっと厄介な話をする。
きちんと集計したつもりでも、集計の作り方そのものが数字を良く見せてしまうことがある。しかも、いちばん注意して見るべき場所ほど、楽観的に見える。実データで確かめた結果を紹介する。
💬 あなたの職場で、人が申告しなくても自動で残っている記録は何かありますか?コメントで教えてください。
