全部を記録に落とす必要はない
7項目を示すと、たいてい同じ反応が返ってきます。
「これを全部、記録に落とすのですか。現場が持ちません」
その懸念は正しいです。そして、全部を記録に落とす必要はありません。
埋め方は3通りある
A|記録に落とす やること:暗黙知を列・履歴・理由として書く 向く業務:正確さが要る。間違えると戻せない(契約・請求) 代償:記録の手間が継続的にかかる
B|AIが取りに行く やること:足りない情報を、AI 側から人に聞く・観測する 向く業務:記録コストが高く、聞けば分かる(問い合わせ対応) 代償:設計とガードレールが要る。聞く回数が増えると人の時間を奪う
C|不足のまま動かす やること:誤りを許容し、速く回して直す 向く業務:失敗コストが低く、量が多い(下書き生成) 代償:誤りの検出と差し戻しが要る
選ぶ基準は、その業務で間違えたときのコストです。
ただし、3通り選べるのは L1 以上
先に断っておきます。
B も C も、AI がひとまず何かを出せることが前提になります。 記録が薄すぎると出力が的外れになり、訂正も、誤りの検出も成立しません。
そして多くの企業が L0 にいます。
L0 では、選択肢は事実上 A ひとつ。 まず Step 1 で L1 に上げてから、3通りの選択に入ります。
「全部を A でやる必要はない」という話は、L0 を抜けた後のものです。 抜けるまでは、半日でできる集計の修正——それだけは A でやります。
5(母集団)だけは、どの道でも A
例外が1つあります。
集計が歪んでいると、B の「何を聞くべきか」も、C の「誤りの検出」も、 すべてその歪みに引きずられます。土台がずれたまま上に何を積んでも合いません。
B は、思っているより強い
正直に書いておきます。B を「代償の大きい選択肢」として扱うのは、 すでに実態より控えめかもしれません。
2026年の研究では、情報が意図的に欠落した課題群に対し、 「いつ聞くか」を判断する層と実行する層を分けた設計が、単一のエージェントを有意に上回り、 情報が完全に与えられた場合との差を縮めたことが報告されています。 簡単な課題では質問を節約する較正も確認されています。
ただし無条件ではありません。別の研究では、単純な問題では不足情報を特定できる一方、 論理や計画を含む複雑な課題では苦戦することが示されています。
そして本書の主題である3割は、そもそも本人が意識していないものです。 AI が「これが足りません」と気づける保証はありません。だから軸は A と C に置きます。
記録は、多いほど良いわけではない
もう1つ、方向を間違えやすい点があります。
GPT-4.1・Claude 4・Gemini 2.5・Qwen3 を含む18モデルを評価した技術レポートは、 全実験を通じて入力長の増加とともに性能が一貫して劣化することを示しました(context rot)。
ただし劣化の仕方は一様ではありません。モデルとタスクで落ち方が違い、 「文脈長 N まで安全」という線は引けません。
だから目的は「全部渡す」ではなく、 判断に効くものを、判断の時点で渡すことになります。
持ち帰り
自分の担当業務を1つ選んで、こう聞いてみてください。
この業務で AI が間違えたら、戻せますか。
戻せないなら A。すぐ直せて量が多いなら C。 記録が重いが聞けば分かるなら B。
ただし、L0 にいるなら答えは A ひとつです。
詳しくは:『AIレディ』第7章
出典
- 不足情報を検知して質問する足場:Edwards & Schuster, Ask or Assume?(arXiv:2603.26233, 2026-03)
- 複雑課題での限界:QuestBench(arXiv:2503.22674)
- context rot:Chroma Research, Context Rot(2025-07-14)