#35分

「即戦力」という呪い

できない自分新社会人哲学自己肯定エッセイ

「即戦力」という呪い

「即戦力を求めています」。

求人票によく書いてある言葉だ。


新卒採用の現場でも、この言葉が使われるようになった。

研修期間は3ヶ月から1ヶ月へ。現場配属は早まる一方だ。


「まだ何もわかっていないのに、もうできないといけない」。

そのプレッシャーが、新社会人を追い詰める。


でも、問いたい。

「即戦力」を求める構造は、いつから始まり、誰のためにあるのだろうか。


昭和の「新人観」

かつて、日本の企業には「新人は3年かけて育てる」という感覚があった。


1975年頃まで、大企業の多くは「終身雇用・年功序列」を前提としていた。


新人は「長期投資」の対象だった。

すぐに使えなくていい。10年後に戦力になってくれれば十分だ。


OJT(On-the-Job Training)という言葉がある。

先輩の隣に座り、見て、真似て、少しずつ覚える。

失敗しても、それが学びだと受け入れられていた。


「一年目は挨拶とお茶汲みだけでいい」という言葉もあった。

今聞くと古いかもしれない。でもそこには「まずその組織の空気を感じろ」という意味があった。


バブル崩壊が変えたもの

1991年、バブルが崩壊した。


企業は人件費を削り始めた。

正社員を採らず、派遣や契約社員を増やした。


2000年代、「フリーター」「ニート」という言葉が社会問題になった。

雇用が不安定になった。就職が難しくなった。


一方で、採用する側の意識も変わった。

「人を育てる余裕がない」。

「すぐに使える人材が欲しい」。


「即戦力」という言葉が、新卒採用にも入り込んできた。


2013年以降、安倍政権の「働き方改革」の文脈でも、生産性向上が繰り返し叫ばれた。

「成果を早く出せ」というプレッシャーは、企業文化の底流に定着した。


令和の「新人」が背負うもの

2025年卒の新社会人は、コロナ禍の中で就職活動をした世代だ。


オンライン面接。内定取り消し。インターンシップの中止。


入社前から、「自分はどれだけできるか」を問われ続けてきた。


就活では「ガクチカ(学生時代に力を入れたこと)」を問われる。

企業は「何ができるか」「どんな成果を出したか」を聞く。


まだ社会人になっていないのに、「成果」を求められる。


「自分には、アピールできるものが何もない」。

そう感じた学生は多いだろう。


そのままの感覚を持って、4月に入社する。


OECDが示したこと

ここで、一つのデータを見てほしい。


OECD(経済協力開発機構)は2019年、「Skills Outlook 2019」を発表した。


日本の成人の職業訓練参加率は、OECD加盟国の中で最低水準だ。


「スキルは個人の責任」という文化が、日本には根強い。

企業が育てるのではなく、個人が自分でスキルを磨け、という風潮が強まっている。


でも、これは奇妙なことではないだろうか。


企業は「即戦力を求める」と言いながら、育成には投資しない。

個人は「成長しなければ」と焦りながら、どう成長すればいいかわからない。


「できない」のは、その人の問題だけではない。

育てる仕組みが機能していない、という構造の問題でもある。


「石の上にも三年」の本当の意味

「石の上にも三年」という諺がある。


つらい状況でも3年辛抱すれば、いつかは報われる。そういう意味で使われることが多い。


でも、本来の意味は少し違うかもしれない。


冷たい石の上に3年座り続ければ、石が温まる。

それは「努力の継続」の比喩だが、重要なのは「時間がかかる」という前提だ。


石はすぐには温まらない。

それが当然だ、という認識が、この諺には込められているのではないか。


仏教には「牛の歩み」という言葉がある。

牛は遅い。でも、確実に前に進む。


江戸時代、松尾芭蕉は47歳で「奥の細道」の旅に出た。

40年以上の俳句修行の末に、あの句が生まれた。


「できる」になるまでには、時間が必要だ。

それは当然のことなのに、現代の「即戦力」の文化は、その時間を許さない。


「できない人」を育てるコスト

経営学者のピーター・センゲは、1990年の著書『学習する組織』でこう書いた。


「組織の中で最もコストがかかるのは、問題を解決しないことだ」


センゲが言う「学習する組織」とは、失敗から学ぶことができる組織だ。


「できない人」を切り捨てる組織は、学習しない。

同じ失敗を繰り返す。なぜなら、失敗した人がいなくなり、その知識も消えるからだ。


「即戦力」を求める組織は、実は学習を放棄している。


「できない」は、その組織が何を育てられていないかを示すシグナルだ。


ここまでの気づき

  • 「即戦力」という文化は、バブル崩壊以降の日本企業の「育成放棄」から生まれた。「できない」は個人の問題だけではなく、構造の問題でもある
  • OECDの調査では、日本の職業訓練参加率はOECD最低水準。「育てる仕組み」が機能しない中で「成長しろ」と言われる矛盾がある
  • 「石の上にも三年」の本質は「時間がかかることが当然」という認識。即戦力文化はその時間を奪っている

明日へ

「できない」は、社会と企業が作った構造の問題でもある。

でも、歴史を振り返ると、「できない」と言われた人たちが世界を変えてきた。


ダーウィンは、何年も「役に立たない研究」をしていた。

アインシュタインは、子供の頃に「知能が低い」と評価された。

宮沢賢治は、生前に売れたのは著書2冊だけだった。


「できない」の先に何があるのか。明日は、その話をしてみたい。


💬 「即戦力」というプレッシャーを感じたことはありますか? 職場でどんな言葉が、あなたを追い詰めましたか? コメントで聞かせてください。


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